40.天然酵母のパンを食べてもらおう

「うわっ、なにこれ! 柔らかいー!」


 ミレお姉さんが声を聞いて調理場にやってくる。そして、出来上がったばかりの天然酵母のパンを食べて驚いていた。


「なっ? 信じられないくらいに柔らかかっただろ?」

「今までのパンとは全く違うと思わないかい?」

「うんうん、そうだよね。こんなパンがあるなんて、信じられない」


 うんうん、柔らかいパンは美味しいよね。今まで食べていた固いパンはなんだったのか、って疑っちゃうくらいの衝撃だ。


「ノアちゃん、柔らかいパンの作り方教えてくれてありがとう。これで冒険者たちにもっと美味しいパンを食べさせることができそうよ」

「私もここで食べるパンが柔らかくなってくれれば嬉しい」

「この天然酵母の作り方は教えてもらえるの?」

「教えてもいいけれど、材料がないと作れないよ」

「その材料って何?」

「ブドウだよ」


 天然酵母の材料がブドウだということを伝えると、がっかりとした表情になった。そうだよね、ここじゃブドウは売ってないから自分では作れないんだよね。


「そっか、ブドウで作られているんだ。この村じゃ栽培していない材料だし、ノアちゃんが植物魔法で育てているんでしょ?」

「うん、そうだよ。これを作るためにブドウの木を生やしたの」

「そうだよね、そうしないとブドウなんて取れないものね。そしたら、天然酵母はノアちゃんが作って、ウチに売ってくれない?」

「うん、いいよ。必要な分だけ作って持ってくるね」

「ありがとう。これで柔らかいパンを作れることができるわ」


 交渉成立だ、これでこれから宿屋で柔らかいパンが食べられるようになるだろう。冒険者たちもイリスもきっと喜んでくれるに違いない。


「じゃあ、これが代金ね」

「えっ、こんなにくれるの?」

「もちろんよ、なんてったって新しいパンなんだから、それぐらいは支払うわ。それ天然酵母はノアちゃんにしか作れないしね、お金を多く払う価値はあるわ」


 そういうことならありがたく貰っていくかな。このお金もしっかりと貯金をしておいて、いざという時に使おう。


「それじゃあ、夕食に間に合うようにどんどんパンを焼いていくぞ」

「冒険者たちの反応が楽しみだねぇ。私も仕込みを終わらせるよ」


 セルさんは再びパンを作り始め、ケニーさんは手を止めていた仕込みを進めていった。今日の夕食もきっと美味しいんだろうなぁ。よし、今日の夕食は久しぶりに宿屋で取ることにしよう。


「ミレお姉さん、今日の夕食は宿屋で取るね」

「あら、珍しいわね。最近の夕食は家で取ることが多かったじゃない」

「これから家に帰ってパンを作る時間もないし、冒険者たちの反応も気になるしね」

「今日はノアちゃんの時間を取っちゃったからね、申し訳なかったわ。冒険者の反応が気になるのは分かるわ、私もどんな反応を見せるのか楽しみだもの」


 柔らかいパン、気に入ってくれると嬉しんだけどなぁ。いつものパンに比べると歯ごたえがないから、歯ごたえのあるパンが良いっていうかもしれないし。どんな反応になるのは楽しみだ。


「じゃあ、私は冒険者ギルドに行ってくるね。ミレお姉さん、またね」

「また来てね」


 私は調理場を後にして、冒険者ギルドへと向かっていった。二人が帰ってくるのを待って、宿屋で夕食を取るためだ。


 ◇


 冒険者ギルドに行くと、まだ他の冒険者たちは戻ってきていなかった。もう少し時間がかかるかな? ギルド内の壁に寄りかかって二人が帰ってくるのを待つ。


 すると、受付のお姉さんがこちらに手招きをしているのが見えた。なんだろう? 近づいていくと、受付のお姉さんは気だるそうに話し始めた。


「珍しい子が来ていると思ってね、今日はどうしたの?」

「二人が帰ってくるのを待って、宿屋で夕食を食べようと思っているの」

「なるほどね。今日の夕食を作るのが億劫になっちゃった?」

「今から帰ってもパンが焼けなさそうなので、宿屋でパン付きの食事がしたかったの」

「へー、あなたがパンを焼いているのね。小さい子なのに偉いわー」


 お姉さんは暇をつぶすかのように適当に話をしてくる。私も暇をしていたので丁度いいとお姉さんの話にのっかった。


「お姉さんは柔らかいパンを食べたことある?」

「柔らかいパン? そーねぇ、ないわね」

「柔らかいパンを私が作ったから、宿屋の人に作り方を教えたの。だから、今日宿屋に行ったら柔らかいパンが食べられるよ」

「あら、あなたが柔らかいパンの開発者なのね。ふーん、柔らかいパンね、食べてみたいわ。仕事が終わったら行ってみようかしら」

「ぜひ、行ってみて!」


 お姉さんにパンのことを伝えると、興味を持ってもらった。あの宿屋にはお世話になりっぱなしだから、少しでもお客さんが増える手助けになればいいな。


 その後もお姉さんと雑談をしていると、冒険者が戻ってきた。


「あら、冒険者が帰ってきたわ。じゃあ、お話してくれてありがとう、私は仕事に戻るわ」

「うん、こちらこそありがとう」


 お姉さんに手を振って、私はギルドの壁際に寄った。お姉さんは冒険者の対応を始めて、私は壁際に寄りかかりながら二人が帰ってくるのを待った。


 次々と冒険者が戻ってくるのを見ていると、窓から夕日が差し込んできた。そろそろ帰ってくるかな? そう思っていると、扉を開けて二人が帰ってきた。


「クレハ、イリス、おかえり!」

「ノア?」

「ただいまです。どうしてノアがここに?」

「宿屋でパンの作り方を教えてたんだよ。それで夕食に出すパンが焼けないから、今日の夕食は宿屋で取ろうと思ってここで待ってたんだ」

「そうだったのか、今日は宿屋で夕食かー。久しぶりだな!」

「宿屋で柔らかいパンが食べられるようになったんですか?」

「もちろん」


 イリスの質問に答えると、二人は顔を見合わせて嬉しそうな顔をした。


「早く宿屋に行こうぜ!」

「そうですね、早く素材と魔石を換金しにいきましょう!」


 パァッと明るい表情になった二人は駆け足でお姉さんのところへと行った。クレハの背にはホーンラビットやウサギ、森ネズミなどがツタで縛られていて、イリスの片手には多分魔石の入った袋が握られている。


 今日も沢山魔物退治と狩りをしたんだな、二人とも頑張っているようで何よりだ。しばらく待っていると換金を終えた二人が戻ってきた。今日もお肉は全部売ったらしい、じゃあ明日もオーク肉を所望なのかな。


「それじゃあ、行きましょうか」

「お腹ペコペコだぞー」

「クレハのお腹が背中にくっつく前に行こうか」

「なんだそれ! お腹が背中にくっつくのか!? 怖いんだぞ!」

「あはは、お腹が減った時の例えだよ」

「なるほど、それだけお腹がへこんでいるっていう例えですか」

「ウチのお腹がそんなにへこんでないぞー」


 クレハを弄りながら、私たちは宿屋に向かった。


 ◇


 宿屋につき、食堂に入ると、大声が響き渡った。


「なんだこれ、柔らかいぞ!」

「こんなパンがあったなんて、信じられない!」

「全然顎の力を使っていないのに、嚙み切れるだと!?」


 先に来ていた冒険者たちが食事を取っていた。出されたのはもちろん、今日教えたばかりの柔らかいパンだろう。周りを見てみると、冒険者のおじさんたちは驚いた表情でパンを見つめていた。


「いらっしゃい、三人とも」


 そこにミレお姉さんがやってきた。


「柔らかいパンは好評よ、見てよ冒険者の顔を」


 ミレお姉さんに促されて冒険者の顔を見てみると、驚いた顔からとても嬉しそうな顔に変わった。そして、慈しみを込めてパンを食べ始める。


「や、やわらけぇー」

「こんなん、いくらあっても食べられる」

「こんな田舎で、こんな柔らかいパンが食べられるなんて」


 みんな、とても幸せそうな顔をしている。味わうように食べ進めていると、ゆっくりとこっちを向いた。


「おっ、このパンを宿屋に教えてくれた娘がきたぞ!」

「おお、ノアちゃん本当にありがとう!」

「俺たちも柔らかいパンが食えるようになったぜ!」

「喜んでもらえて良かったよ」

「「「ノアッ! ノアッ! ノアッ!」」」


 立ち上がった冒険者たちは私を取り囲んで、私の名前を連呼した。いや、その名前の連呼はいらない。すごい圧で感謝をされて、たじたじになってしまう。


「こらこらこらー、何取り囲んでいるのよ。その子たちがビックリするでしょ」


 そこにミレお姉さんが止めに入ってくれた。冒険者たちはちょっと寂しそうに席に戻っていく。


「全くもう、油断も隙もあったもんじゃないわ。食事の用意ができたから、食べてね」

「ありがとう」


 ミレお姉さんに促されて席に着くと、そこにはソースのかかった焼いたお肉と野菜、水、そしてパンが置いてあった。


「「「いただきます」」」


 手を合わせて挨拶をすると、即行でパンを手に取る。手で割いてみると柔らかく仕上がっていて、口に含むと柔らかい感触がして幸せになる。


「柔らかいですね」

「柔らかいな」

「柔らかいね」


 三人で顔を見合わせて笑顔になった。幸せな瞬間を三人で味わうことができて本当に良かった。いや、三人だけじゃなくて、他の冒険者ともこの柔らかさを共有できて良かった。


 この日、宿屋の食堂は幸せな空気に包まれていた。

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