41.男爵様の依頼
「みなさん、暑い中お疲れ様です。はい、氷水です」
小麦の収穫を終えて、作業が終わった農家の人たちに氷水が入ったコップを差し出す。
「あぁ、ありがとうノアちゃん」
「暑くて堪らなかったよ」
「この一杯が飲みたくて来ているようなもんだな、あっはっはっ」
農家の人たちは氷水をありがたがって飲み干し、氷を口に含んで幸せそうな顔をした。夏真っ盛りな今日、日に日に日差しが強くなっていっているような気がする。
農家の人たちの肌が焼け始め、同じく私の肌も焼け始めている。あんまり日焼けしたくないんだけど、外で作業しないといけないことが多いから諦めるしかないか。
「よし、一休みしたし小麦を作物所まで届けるか」
「はい」
一休みを終え、私たちは荷車を引っ張って作物所へと向かった。
暑い道のりを経て、作物所に辿り着く。すぐに作物所の中に入ると、コルクさんを呼んだ。すると、コルクさんはすぐに現れて搬入した小麦の重さを測っていく。
「計測終わり。これが代金な」
「はい、確かに。それじゃあ、農家のみなさんに一割分お支払いします」
「はいよ、ありがとよ」
金銭の受け渡しが終わり、雑談モードになった。
「そういえば、小麦の収穫ってあと二か月でしたっけ?」
「そうだな、もう少しで収穫になる」
「コルクさん、私はいつまで小麦を作っていればいいの?」
「小麦に関してはあんまり在庫を抱えてないからな、ギリギリまで作っても大丈夫だと思うぞ」
考えるのは農家の人が作る作物が被らないようにすること。農家の人、コルクさん、私が揃っていないとこの話はできない。
「だったら、小麦を収穫する二週間前、いや一週間前くらいでやめたほうがいいかな。小麦が収穫してもすぐに小麦粉にできるとは限らないしな」
「まぁ、そのぐらいだろうな。微調整は簡単にできるし、その辺りだと考えてもらった方がいい」
「今年の小麦はどれくらい取れそうですか?」
「去年は不作だったが、今年は例年通りになりそうだ」
今年の小麦は例年通りか、それってどれくらいの量なんだろうね。
「小麦ってこの村で消費するものなんですか?」
「いや、近くの町に売りに行くんだ。残った小麦をこの村で消費するんだよ」
「そういう売買を取り仕切るのがこの作物所なんだ。すると農家の人は作物を育てることに集中できるし、町へ運ぶための馬車の管理も作物所が引き受ければ、農家は無駄な出費を抑えられるだろう?」
なるほど、農協みたいな機能が作物所にはあるんだな。確かにそれだと、余計な労力をかけずに済むし、荷物を運ぶ労力が一か所に集中するから余計な出費もない。
「こういうことは男爵様がお決めになられたんだ。お陰で仕事がやりやすくなっているよ」
村を作る前に取り決めをしたのかな? あの男爵様はやり手みたいだから、安心して暮せるよ。
「男爵様と言えば、ノア。男爵様がお呼びだそうだ」
「私?」
「何かお願いしたいことがあるみたいなんだ。これから屋敷に行って話を聞いてこい」
「何の用かな?」
「俺は話を聞いているが、男爵様の口から聞いたほうがいいだろう」
私にお願いしたいことってなんだろう? まだ新しい魔法は覚えていないから、その関係なのかな? それとも別の何かかな?
「男爵様のところに行ってくるね。あ、荷車は置いてっていい?」
「もちろんだ、好きなだけ置いていけ」
「なら、俺たちはもう帰るよ。ノアちゃん、またよろしくな」
「はい、お手伝いありがとうございました!」
農家の人たちが帰ると、私は男爵様の屋敷に向かった。
◇
男爵様の屋敷に行くとすぐに部屋に通された。通された部屋は男爵様の執務室、その部屋にある向かい合わせのソファーに座らされた。
「良く来たな、ノア。ノアのお陰で定期的に税が入ってくるから助かっているぞ」
「少しでも男爵様のためになっていたら嬉しいです。ところで、私にお願いがあるということを聞いたんですけど」
「あぁ、おい」
「こちらにあります」
男爵様が執事に声をかけると、執事の人は一つの袋を男爵様に手渡した。向かえに座った男爵様はそれを受け取って、ソファーの間にあるテーブルに置く。
「それを開けてみろ」
「はい……これは種?」
「そう、お前にお願いしたいのはビートの作成だ」
私にお願いしたいのはビートという作物を育てるということらしい。
「ビートはある処理を施すと砂糖になる作物なんだ」
「砂糖!」
「なんだ、砂糖を知っているのか。なら話は早い。お前の植物魔法を使って、このビートを作成して欲しいんだ」
砂糖を作るためのビート作成か、これは乗るっきゃない!
「砂糖は高級品だ。その砂糖をここで作って売れば村の財政は潤い、税収も増えて、村が発展するだろう」
そっか、砂糖が高級品だったからこの世界ではあんまり見かけなかったのか。そんな高級品を作って売れば、確実に男爵様が言った通りになるだろう。
「まずは聞こう。ビートの作成、請け負ってくれるか?」
「はい、やらせてください! 個人的にも砂糖は欲しいので、願ったりです!」
「はっはっはっ、素直でいい。砂糖を作ったら、もちろん村人にも還元するつもりだから安心してくれ」
良かった、砂糖をくれるらしい。これで料理の幅がぐっと広がるね。スイーツも作れるようになるから、楽しみだなぁ。
「この砂糖作りは農家の冬の手仕事にしたいと考えているんだ」
「冬の手仕事ですか?」
「そうだ、冬は農家の仕事がないからな、みんな冬には色んな手仕事をしているんだ。それを砂糖作りにしようと思いついたわけだ」
確かに、冬だと農家の仕事はない。他の手仕事をしているのであれば、お金を沢山生み出す砂糖作りに勤しんだほうがお得だよね。
「それに冬では暖炉を使う。その暖炉の熱を部屋を温めるだけに使うのは勿体ないと思ってな、その暖炉の熱で砂糖を作って貰えればお得に砂糖を作れる」
「ということは、砂糖は煮詰めて作るものなんですね」
「そうだ、やり方は後で教えるが煮詰めることでビートの中にある甘い液が外に出てきて、それが砂糖の素になるんだ」
なるほど、冬にやると二重のお得だ。農家の人の冬の手仕事にもなるし、暖炉の熱を有効活用できる。これを思いついた男爵様はすごいなぁ。
「こういうことができるのは、全部植物魔法のお陰だ。ノアがいてくれたから、この仕事ができるといっても過言じゃない」
「私の魔法が役に立ってよかったです」
「あぁ、ノアが来てからこの村は救われた。本当に礼をいう、ありがとう」
男爵様はこんな私に頭を下げてくれた。
「そんな、お礼なんていいです! 町から追い出された私たちを受け入れてくださった男爵様のおかげで、ここで暮していけます。こちらこそ、本当にありがとうございました」
「そう言ってくれると嬉しいぞ。ノアたちがこの村に来てくれて、本当に良かったと思っている」
来てくれて良かっただなんて、嬉しいことを言ってくれる。行く当てもなかった私たちを温かく迎い入れてくれたお陰で今の生活がある。こっちが感謝しないといけないのに、逆に感謝されるなんて恐れ多い。
「じゃあ、ノアたちには先に砂糖作りの道具を渡しておくな。おい、持ってきたか?」
「はい、こちらに」
男爵様が執事に命令をすると執事の人は白い布を持って私に渡してきた。それに何かが書かれた紙も貰った。これが砂糖作りに必要なもの?
「その紙に砂糖の作り方が書いてある。そういえば、文字は読めるか?」
「はい、大丈夫です」
「なら、いいな。ノアにはビートの作成をお願いするんだが、一応砂糖の作り方を教えておいた方がいいと思ってな。砂糖、使いたいんだろう?」
「はい!」
「作成者の特権だ、ノアは自分で作った砂糖は自由に使ってもいいぞ」
やった、なんて太っ腹なんだ! 本当なら砂糖を作ったら全回収とか言われそうなんだけど、自由に使ってもいいなんて夢のようだ。
「夏の間に一度砂糖作りをしようと思う。その時にはコルクを通して指示をする。指示が出たらビート作りをして欲しい」
「分かりました、任せてください」
夏の間に一度砂糖作りか……その時が楽しみだ! とうとう砂糖が手に入る、やったね!
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