212.海水浴(7)
「見てください、海が綺麗です!」
みんなでボール遊びをしていると、イリスが海を指さした。海の向こう側に太陽が落ちてきて、あんなに青かった海が橙色に輝いている。
「本当だ……綺麗だね」
「良い眺めだな」
私とクレハもその光景に釘付けになった。すると、村の子供たちも海を見る。
「毎日の光景だけど、いい景色だよな」
「海の色が変わるのが素敵だよね」
「なんか暑く感じるから、そこまで好きじゃない」
「昼の方が暑いと思うけど」
見慣れた光景らしいが感想はそれぞれ違った。ゆっくりと沈んでいく太陽を見て、誰かが声を上げる。
「あっ、そろそろ帰らないと叱られる!」
その言葉を聞いた途端、子供たちは焦り出した。
「家に早く帰らないと! また殴られる!」
「私も帰らなきゃ!」
「俺も!」
どうやら、みんな家に帰る時間だったみたい。すぐに走り出していきそうな雰囲気だったけど、その前に私たちの前に集まった。
「明日も遊べるか?」
「もちろん、私たちは大丈夫だよ」
「午前中は手伝いとかあって来れないけど、午後なら手伝いがない時に遊べるよ」
「そっか、みんなには家の手伝いがあるんだもんね」
昨日見た子がいなかったのは、きっと家の手伝いをしていたからなのだろう。こういうのはどこの村に行っても同じだね。
「明日、連れてこれそうな奴らを連れてくるよ」
「そうだ、明日は俺たちが泳ぎを教えてやるよ」
「海の楽しさも知って欲しいしな!」
「それは嬉しいな。明日、楽しみにしてるね」
海の子に海の遊びを教えてもらえる絶好の機会だ。明日はどんな子たちが集まって、どんな遊びを教えてくれるのか楽しみだな。
そんな風に村の子供たちと話していると、その隣ではクレハとトールが楽しそうに話していた。
「海に潜ったことはあるか?」
「いや、まだない」
「そしたら、海の潜り方も教えてやるよ。海の中もすごいんだぞ」
「へー、そうなのか。楽しみにしてるな!」
明日が楽しみ、そんな顔をして二人は喋っていた。一方で気になっているイリスとケイオスだが、イリスは他の子と喋っているためケイオスとは喋っていない。でも、ケイオスはちゃっかりイリスの隣にいるんだよなー。
「まだ泳ぎ始めなので、泳ぎを教えてくれると嬉しいです」
「そうか、なら良かった。そこにいるケイオスも泳ぎも潜りも得意なんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ……ま、まぁ」
照れ臭そうにしているケイオスにイリスは笑顔でお願いをする。
「じゃあ、明日色々教えてください」
「えっ、俺が?」
「だ、ダメですか?」
途端にしょんぼりとなるケイオス。それを見て、どう答えていいか戸惑っていると、傍にいた子供がケイオスを肘で突く。
「なんだよ、教えてやればいいだろ」
「いや、それはそうなんだけど……」
「なんだよ、照れてるのか?」
「て、照れてねぇって!」
照れてる、照れてない。そんな応酬が繰り返されていると、子供たちはその場を離れていこうとする。本当に帰らないといけない時間帯らしい。ケイオスとじゃれ合っていた子供もその場を離れようとする。
「じゃあ、明日こいつが教えるから」
「まだ、そんなこと言ってねぇ!」
子供はそれだけを言うと走って行ってしまった。残されたケイオスは困ったように頭をかく。そのやり取りを見ていたイリスがしょんぼりとした様子でケイオスに話しかける。
「えっと、教えては……」
「……教えるから」
「えっ」
「じゃぁっ!」
一言ぼそりと言い残すと、ケイオスは走って行ってしまった。その姿を見て呆然としていたイリスだったが、ケイオスの言葉を思い出してくすりと笑った。
はーーーーーー、甘酸っぱいなーーー。レモンスカッシュ飲んだせいかな? 見せつけてくれちゃって、もう。これは明日どうなるか楽しみだね。いやーーー、新しい場所に来るとこんなに楽しいことがあるなんてなーーー。
「おい、ノア!」
「わっ、何?」
「何ってそれはこっちのセリフだぞ。何度も話しかけてたんだぞ」
「あ、そうなの? ごめんごめん。それで、なんだったの?」
「みんなが帰ったから、私たちも帰りましょうっていう話です」
「あー、そうだね。私たちも宿屋に帰ろうか」
そうだった、帰る話をしていたんだった。休憩場所に近づくと、パラソルとシートを片づけてリュックの中にしまう。ボールは膨らますのが面倒だから、このままリュックにしまっちゃおう。
「よし、いいよ。帰ろうか」
夕日に照らされた海に別れを告げて、私たちは宿屋に帰っていく。
◇
宿屋に帰ってくると、食堂からいい匂いが漂ってきた。つい、部屋に帰る前に食堂へと立ち寄る。すると、食堂内は醤油のいい匂いが充満していた。
「よぉ、おかえり!」
対面キッチンの先にエリックお兄ちゃんが気さくに手を上げてきた。
「美味しそうな匂いだね。今日は醤油を使った料理なの?」
「あぁ、煮込み料理を作っているんだ。ノアからもらった砂糖を使ってね」
「醤油と砂糖の煮込み料理!」
ということは煮魚かな? 元日本人として心が揺さぶられる名前だよね。想像したらよだれが出てきちゃった。
「またそんな恰好で食べるのか?」
「ううん、ちゃんと着替えてくるつもり」
「そうか。もう少しでできるから、着替えて来いよ」
「分かった!」
私は二人を連れて、自分たちの部屋に戻ってきた。
「じゃあ、洗浄魔法かけるよー」
二人に洗浄魔法をかけると、体についていた汚れが綺麗に取れた。
「うん、いいよ。着替えよう」
棚の上に畳んで置いておいた服に手をかける。上着のパーカーを脱いで水着を脱ごうとした時だ。水着の肩の部分をずらすとくっきりと焼けた痕が残っていた。
「うわっ、肌が結構焼けてる」
「ウチも焼けてるぞ」
「私もです」
「二人もくっきり焼けた痕が残ってるねー。まー、あれだけ遊べば痕くらいできるかー」
日焼け止めクリームを塗ったのに、それだけじゃ足りなかったみたいだ。
「去年は腕の先と膝下くらいしか焼けてませんでしたよね」
「ここまで焼けるんだな」
「まぁ、海で遊ぶ時の宿命かな?」
「それにしても、なんだかかゆくなってきたぞ」
しかめっ面をしてクレハが焼けた部分をかき始めた。
「待って、かいちゃだめ! 肌が傷ついちゃう」
「じゃあ、どうすればいいんだ? なんだか、かけなくてもどかしいぞ」
「だったら保湿すればいいんだよ。待ってね、この時のために出しておいたものが……はい!」
リュックの中を漁ると、出てきたのはチューブに入った保湿クリームだ。
「これを塗るとかゆみもマシになると思うよ」
「本当か? 早速塗ろう!」
「助かります」
チューブからクリームを手のひらに取り出すと、体に塗っていく。紫外線を浴びたせいか皮膚は弱っていて、触るといつも以上に感じてしまう。ずっと海に入っていた訳じゃないから、結構強く焼けたな。
「これを塗ると、肌がスーッてなって気持ちがいいですね」
「肌のヒリヒリが無くなっていくぞ」
「日の光でやられちゃったからね。明日もちゃんと遊べるように、ケアはしっかりしないとね」
とにかく肌を露出している部分をクリームで塗りまくった。するとヒリヒリしていた肌の感覚がなくなっていくのが分かる。十分に手が届くところまで塗り終えると、手が止まった。
背中も焼けているはずだから、塗らなきゃいけない。だけど、手が届かない。ということは、誰かに塗ってもらわないといけない。この感覚が強くなった状況で。
三人で顔を見合う。
「ご、強引はだめだぞ。優しくだぞ」
「今の状況で強く塗らないでくださいね」
「すぐ塗って、すぐ止める。これしかない」
私がクレハの背と、クレハがイリスの背と、イリスが私の背と向き合う。手にクリームを取ると、ドキドキしながら背中に塗っていく。すると、背中にもどかしい感覚が広がった。
「うははははっ、これはっ、我慢するのっ、難しいぞっ!」
「あははっ、背中、感じすぎます! んーーっ!」
「ははっ、あははっ! こそばゆいっ!」
背中を手が滑っていってこそばゆくて堪らない! 朝の時より酷く感じているから、余計に辛い! それでも、塗らないとダメだから我慢してお互いの背中を塗っていく。
「いひひひひっ、あと、もうちょっ……ひゃっ!」
「ちょっ、クレハ! 強くしないでっ……んんっ!」
「ひーっ、あともうちょっと、あとっ……あははっ!」
三人で悶えながらクリームを塗っていくと、ようやく背中を塗り終えることができた。手を離した私たちは一気に脱力して、ベッドの縁に座り込んだ。
「遊び疲れているのに、その上でまた疲れちゃいました」
「なー、これ明日もやるのか?」
「でも、やらないと肌が……」
「体力、残しておいた方がいいかもしれませんね」
「そうだな。なんだか、動きたくないぞ」
「このまま寝てしまいたいね」
みんなではしゃぎつかれてしまった。本当にこのまま寝てしまいたい……そう思った時、クレハのお腹の虫が鳴った。
「腹、減ったー」
「ふふっ、お腹の減りには勝てなさそうですね」
「頑張って着替えて行こうか」
私たちは最後の力を振り絞って、夏服に着替えた。
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