213.海水浴(8)

「腹減ったー!」


 食堂の扉を開けて中に入る。


「遅かったな。もう、用意しているぞ」


 するとすぐにエリックお兄ちゃんの声が聞こえる。ふと、テーブルを見ると、三人分の食事が用意されていた。


「おお! すぐ食べれる!」

「お腹が減っていたので、嬉しいです」

「早く席に着こう」


 私たちは急いで席へと着いた。私たちの目の前にはパン、サラダ、スープ、メインの煮魚が置いてある。


「今日は赤魚の煮込みだ。砂糖を使ったから甘い感じに仕上がってるぞ」


 煮えた魚の匂いと醤油の匂いが混じって、よだれが溢れてきた。私たちは待ちきれないとばかりに、手を合わせて挨拶をする。


「「「いただきます!」」」


 早速、メインからいただく。今日も三枚おろしにされた魚、骨は一切なさそうだ。それにちょっぴり寂しい気持ちになるが、食べやすくなっているのでそれは感謝だ。


 本当なら箸を使って食べたいところだけど、用意されたのはフォークとナイフ。仕方がないのでそれを使う。フォークで身を刺し、ナイフで切り分ける。すると、ふっくらとした身を切り出すことができた。


 その身を煮汁にちょっとつけて、初めての一口。ふんわりとした食感に淡泊な身に絡む煮汁。口の中に和が広がっていき、体が喜びで震えた。


「「「美味しい!」」」


 一口食べた私たちの声が重なった。


「今日の魚は肉厚でとっても食べ応えがあっていいんだぞ!」

「身がホロホロと崩れて、口いっぱいに魚のうま味を感じます」

「煮汁が丁度いい塩梅だよね。甘すぎず、しょっぱすぎず……これぞ黄金比って感じだよ!」

「そうか、そうか! 砂糖を使ったら、良い感じの味付けになったんだ。ノアが砂糖をくれたお陰で、料理の味が一段階上がったよ」


 クレハはガツガツと魚の身を食べ、イリスは味わうように身を切って食べている。それにしても、煮汁が美味しすぎてほっぺが落ちそうになるよ。


 エリックお兄ちゃんには和の心がないのに、この料理には和を感じることができる。懐かしい感覚に体が喜んでいる。そうそう、こういう味つけ! 切った身を煮汁につけて食べると、幸せの感情が溢れだす。


「うぅ、美味しい」

「今日のノアはやけに美味しそうに食べるな」

「そうですね。いつもよりも堪能している気がします」


 そりゃあ、懐かしい感覚が気持ちいいから。煮汁につけたホクホクの身が、口の中でホロホロに崩れていく。この感覚、この味が堪らないのよ。いつまでも噛んでいたくなる味と感覚だ。


 だけど、一つだけ残念なことがある。それは……ご飯がないこと!! 煮魚にはご飯が必須だろう!! なのに、なのに……パンなんだよなー。熱々のご飯と煮魚、交互に食べて美味しいの相乗効果を生みたかった!!


 創造魔法で出しておいたお米をエリックお兄ちゃんに渡しておいた方がいいのかもしれない。そしたら、魚とご飯という最強コンビを食べられることができる。


 よし、エリックお兄ちゃんに交渉だ。


「エリックお兄ちゃん。この煮魚に合う主食を持っているんだけど、今度はぜひそれを使って欲しい」

「へー、パン以外の主食か。芋とかか?」

「芋じゃない! お米っていうものなんだけど」

「お米……そういえば、商人からそんな名前の穀物を聞いたことがあるぞ」

「ここにもお米があるんだね! って、今はそういうことじゃなくて……作り方を教えるから、私たちがいる時だけでいいから作ってくれないかな?」

「新しい穀物が……興味があるな」


 よし、かかった! 私は席を立って自分の部屋に戻ると、リュックを持ってくる。そのリュックの中からお米が入っている袋を取り出して、エリックお兄ちゃんに手渡した。


「これが、お米だよ」

「へー……こんな小さな粒なんだな」

「これを水で浸して、火にかけて炊くの。そしたら、ふっくらとしたご飯ができあがるの」


 もの珍しそうにお米を見ていたエリックお兄ちゃん。新しい食材を見て、楽しそうにしている・


「ちょっと試食がてら作ってもいいか?」

「じゃあ、作り方を教えるよ」

「ノアはまだ食事中だろ?」

「このご飯とお魚を一緒に食べたくて!」

「そ、そうか?」


 どうしても、この美味しい煮魚とご飯を一緒に食べたい!


「まーた、ノアに変な熱が入ったぞ」

「こうなったら止められませんね」


 そういいながら、二人はもぐもぐとパンを食べている。パンも美味しいけど、やっぱりご飯がいい! リュックの中から創造魔法で出しておいた土鍋と計量カップを取り出して、台所に置く。


「まずはお米を洗う。それからお米がこれくらいにたいして、水がこれくらい」

「へー、洗うんだ。お米と水の割合はそれくらいか」

「これからお米を三十分くらい水に浸しておくんだけど、私の時間加速で時間を進める」

「その魔法ズルいよな。俺も欲しい」

「ふっふっふっ、良い魔法でしょ。土鍋に蓋をしてかまどで炊いていくよ」


 かまどに火を点けて、ご飯を炊いていく。はじめは強火で炊き、沸騰したら弱火で炊く。土鍋の穴から蒸気が出なくなってから火からおろし、少し蒸す。もちろん、待ち時間が勿体ないので時間加速をした。


「ご飯、完成!」


 土鍋の蓋を取ると、中からふっくらと炊きあがったご飯が現れた。


「おお、いい匂いだ。早速食べてみていいか?」

「うん、いいよ。お皿はある」

「おう」


 リュックの所に戻り、そこに入っていたしゃもじを手にする。戻ってきて土鍋の中のご飯をかき混ぜ、皿に移す。エリックお兄ちゃんは皿に寄せられたご飯を一口食べてみた。


「ん、ほかほか! 柔らかくて、甘い! へー、こんな主食もあるのか!」

「どう、ご飯。美味しいでしょ?」

「あぁ、美味いな! なるほど、こういう主食か……ならこれに合うメイン料理は」


 新しい食材を食べて、すぐに合う料理を考え込んでしまった。私は今、それに付き合っている暇はない。炊きたてのご飯を皿によそうと、急いで自分の席に戻る。


 戻ると二人はすでに食べて終わっていて、お喋りをしていた。


「おっ、できたのか?」

「うん!」

「でも、煮魚が冷めちゃいましたね」

「大丈夫!」


 冷めた煮魚に発熱の魔法で温める。すると、すぐに湯気の立つ煮魚に早変わり。魔法って便利!


「いただきます!」


 二度目の挨拶をすると、煮魚に手を付ける。ホクホクとした身を煮汁につけて食べると、口いっぱいにうま味が広がる。それを感じている間にホカホカのご飯を食べると、うま味の相乗効果が生まれた!


「美味しい~!」


 甘い醤油で煮られた煮魚に噛めば噛むほど甘味が出るご飯。ホクホクとしてホロホロと崩れる魚の身とホカホカで柔らかいご飯。交互に食べると、美味しさが美味しさでどこまでも塗り替えられていく。


 これこれ、こういうのが食べたかったの! やっぱり、醤油とご飯って最強に合うね!


「ふふっ、ノアがあんなに嬉しそうに食べるなんて」

「あれは嬉しそうっていうよりは、ニヤニヤしながらだぞ」

「えっ、変だった?」

「いいえ、幸せそうだなって思ったんです」

「だな!」


 えー、そんなに顔を出てたのか。なんだか恥ずかしい。でも、食べるのは止められない。魚の身を煮汁につけて一口、続けてご飯も一口。うーーん、美味しすぎる! 海に来て良かった!

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