32.農家への説明
翌日、私たちは普通に仕事をし始めた。小麦を植物魔法で育てて、刈り取り、脱穀して、ごみを取り除いた小麦の実を袋に詰める。慣れた手つきで仕事を進めていき、昼ごはんを食べて、また作業の続きをした。
そんなお昼過ぎに男爵様は農家の人を連れて現れた。
「よう、精が出ているな」
気さくな感じで片手を上げて挨拶をしてきたので、立ち上がってお辞儀をして迎い入れた。
「ご足労かけます」
「何、大したことじゃない。今回も小麦がいっぱい取れたようで何よりだ」
山になった小麦の束を見て男爵様は嬉しそうに笑った。すると、その小麦を見て後ろにいた農家の人が驚いていた。
「本当に小麦が取れているなんて」
「あの小麦粉はこの村で作られていたのは本当だったんだな」
「てっきり、よその町や村から仕入れたものとばかり思っていた」
この時期に小麦が取れることがないため、農家の人たちは信じられないといった表情で小麦の山を見ていた。
「男爵様、ちょっと小麦を見てきてもいいですか?」
「俺は構わないぞ。ノア、どうする?」
「見ても大丈夫です」
「だ、そうだ」
男爵様の許しを得ると、農家の人たちはまだ脱穀していない小麦の山に近づいていった。そして、小麦の穂を手に取りじっくりと観察をする。
「この実……しっかりと乾燥されていて、こんなにも膨らんでいる」
「実の付き方もいいぞ。沢山実をつけている」
「この小麦があの小麦粉になったのか……すごい」
どの人も感心したように穂についた小麦を褒めていた。農家の人から見ても、私たちの小麦は上出来なようで、目を丸くして小麦の観察をしている。
傍で黙って立っていると、農家の人たちがこっちを向いた。
「これを作ったのは誰だい?」
「私です」
「これを本当に魔法で作ったのかい?」
「はい、ここで実演してみましょうか?」
「ぜひ、見てみたい」
私が魔法を使って見せるというと、農家の人たちは前のめりになってお願いしてきた。早速私は、その場で土を地魔法で拳一つ分ほど耕す。
「それも魔法を使っているのか?」
「はい、地魔法で土を動かして耕しました」
「魔法っていうのはそういうこともできるのか、驚いた」
「魔物を攻撃する手段だと思っていたが、認識を改めないとな」
畑を耕すだけで農家の人は食いついてきた。その耕した所に小麦を一粒落とすと、私は耕したところに手を置く。
「それじゃあ、行きますよ。植物魔法!」
私が魔法を発動させると小麦から芽が出て、あっという間に穂になり、びっしりと実のついた小麦に変わった。その瞬間、農家の人たちが沸く。
「これが植物魔法、凄い!」
「本当に一瞬で小麦になったぞ!」
「一体何が起こったんだ……」
信じられないといった顔をして、生えてきた小麦を見たり触ったりした。
「待てよ、もしかしてこの魔法をあそこの畑で使ったのか?」
「ということは、あそこの畑にある小麦の苗の跡は……」
「もしかして、あそこの畑の範囲を一瞬で育てたのかい?」
「はい、あそこの畑で小麦を一瞬で育てました」
「「「「おぉっ!」」」
私の言葉に農家の人がどよめいた。
「本当にあんな量を一人で育てることができるのか」
「信じられんが、この小麦の量を見たら信じずにはいられない」
「この世にそんな魔法があったなんて、知らなかった」
ここに来てからずっと驚いている、それだけ植物魔法が珍しい魔法なのだと私も悟った。と、そこに男爵様が話に割り込んでくる。
「どうだ、その目で見て信じる気になったか」
「えぇ、もちろんです」
「こんな魔法が実在していたなんて、驚きです」
「こんな素晴らしい魔法があったなんて知りませんでした」
「だ、そうだ。これで植物魔法のことは信じてもらえたな。じゃあ、本題のここの農業の手伝いについての話をするか」
「あ、男爵様。私から農家の人たちに話したいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろんだ」
男爵様が話を〆ようとしたので慌てて途中で口を挟んだ。みんなが私に注目する中、昨日思いついたことを話していく。
「まずはお手伝いに名乗り上げてくださってありがとうございます。人手が足りなかったので、本当に助かりました」
「同じ村人として、この村の食糧難には心を痛めていたからなんてことない」
「私も同じ気持ちです。この村に住む者として、この村の食糧難をどうにか解決したい、その思いでこの植物魔法を使って小麦や野菜を作っています」
「おお、小麦だけじゃなくて野菜も作っていたんか」
「この植物魔法は万能で、植物ならどんなものでも成長させることができます。この魔法を使って、この村を豊かにしたいと思っています」
まずは食糧難の危機を救う、その後にゆっくりとこの村を豊かにできればと思っている。自分たちが住む村だもの、自分たちじゃなくてみんなも豊かになってほしい。
そのために、みんなの心の不安を取り除いてあげたい。
「この植物魔法の存在を知って、みなさんが不安に思っていることを聞きました。植物魔法のせいで農家としての立場がなくなってしまうんじゃないかって」
「……そうだな、危機感は抱いているよ」
「確かにこの植物魔法は便利です。一瞬で作物を育てることができるし、育てる手間が省けます。それでも、農家の人たちが作る大量の作物には適わないと思います」
「だが、その植物魔法を使って大量に作物を作ってしまえば、我々の立場がなくなってしまう」
「だから、私は考えました。みなさんの立場を脅かさない手段を」
「そんな手段があるのか?」
固唾を呑んで見守る農家のみんな、私は自信満々に宣言する。
「農家の人たちが作物を納品する時、私は同じ作物を納品しません」
シンと静まり返った場に私の声が良く通った。しばらく静かになっていたが、段々とざわめいてくる。
「私たちと同じ作物を納品しない? それだったら、我々の作物が売れ残ることもない」
「だが、そんなことが可能なのか?」
「やろうと思えばできる、でも本当に?」
農家のみんなは一様に戸惑った反応を見せた。それだと意図的に損をするほうを私たちが取っているように見えるからだ。わざわざ損を取る私の発言に疑問をもったみたい。私は言葉を続ける。
「あくまで植物魔法で作る作物は足りない作物を作るために使います。それだったら、農家のみなさんの作物を売る時の邪魔にならないと思います」
「そういうことをしてもらえるなら、俺たちは安心して作物を作り売ることができると思う」
「だが、それだと君の収入に影響がでるんじゃないか?」
「生活だってあるだろう。俺たちのためなんか考えないで作って売ったほうが、良い稼ぎになるんじゃないか?」
農家のみんなは心配そうにしているが、どことなくホッとした雰囲気を出していた。商売敵になる相手が土俵から下りたのだから、肩の荷が下りたんだろう。
作物を育てる時間が必要ない植物魔法はそれだけ危険視されていた訳だ。農業のあり方に革命を起こす可能性のある存在に、普通の農家の人たちは戦々恐々としていただろう。
だけど、植物魔法は農家の人を困らせるような使い方をしたくはない。
「稼ぎたい気持ちはありますが、それ以上に農家のみなさんの枷にはなりたくない気持ちが強いです。これからもこの村で生活をしていきたいですし、みなさんとはいい関係を築いていきたいです」
私たちには守ってくれる存在がいない。私に何かがあった時、路頭に迷うのは二人だ、そんな思いはさせたくない。だから、争いごととなる芽は全部摘み取って、何事もない平和な生活を送りたいと思っている。
そんな私の思いが通じたのか、農家の人たちの表情が柔らかくなった。
「俺たちもいい関係を築きたいと思っている。村の食糧難を解決してくれる植物魔法には感謝をしているんだ」
「でも、俺たちの仕事が脅かされるのなら、一考の余地があると考えていた。だけど、今日でその余地は必要ないと思ったよ」
「俺たちのために引いてくれてありがとう。君の畑仕事、ぜひ協力させてほしい」
農家の人たちが近づいてきて握手を求めてきた。私は前に歩み寄ると、みんなで固い握手を交わした。私は心強い味方を見つけたのかもしれない。
少しずつこの村で私たちの味方が増えてくれるといいな。そうしたらきっと、二人にとっても住みやすい土地になると思うから。ここで三人で幸せになるために。
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