31.同業者の手伝いという問題

 翌日、また私たちは男爵様の屋敷にやってきた。男爵様はとても身軽らしく、相談したその日に農家の人たちに畑の手伝いをお願いしてきたみたいだ。


 昨日と同じく、朝食後の男爵様と面会をして詳しい話を聞く。


「待たせたな、では昨日の結果を話そう」


 席についた私たちに男爵様は一つずつ話していく。


「昨日私は農家を一軒ずつ回って話をした。植物魔法で畑の作物を育てている所に収穫の手伝いをしに行ってくれないか、と相談をした。どの家も良い返事は聞けたと思う。だがな」


 ごくり、と喉が鳴る。


「無料ではやらないと言っていた。だから、報酬を渡す用意をしなければいけない」

「それはもちろんです」

「ちなみにどれくらいを考えている?」

「収穫した作物の売値一割を渡したいを考えてます」

「それは全員で一割ということか?」

「一家族ごとに一割を考えています。収穫に必要な人数は一家族から二家族くらい必要だと思ってました」

「ふむ、それくらいの報酬を渡せば嫌な顔もせずに受けてくれるだろう」


 今、収穫の三割が税収で取られている。それに追加して一割から二割を収穫のお手伝いをしてくれる農家に支払う。自分たちの手元に残るのは五割から六割の計算となる。


 これくらいの収入が手に入れば、難なく生活はできるだろう。それに、クレハとイリスの魔物討伐の報酬も入ってくる。安定した生活を送れるくらいの報酬は手に入る形にはなるだろう。


 難しい話はこれでおしまいかな? と思ったが、男爵はまだ難しい顔をしている。一体、何があったんだろう?


「それとな、農家の中でこんな話が出ているんだ」

「どんな話ですか?」

「植物魔法の話をしたら、農家のみんなは驚いていた。一瞬で作物を育てる魔法があるなんて、とみんな信じられない顔をしていた。村の噂で聞いたことはあったけど、半信半疑だったらしい」


 確かにそうだ、植物魔法は信じられないくらいに有能な魔法だ。農家は丹精込めて育てる作物が一瞬にして育つんだから、その反応は当たり前だろう。


「改めて植物魔法の存在を知った農家のみんなは不安げだったんだ。そんな魔法があるなら、自分たちの仕事は無意味じゃないかってな」

「そんなことはないと思います」

「俺もそう思う。貴重な魔法があるのは便利でいいが、全ての作物をそれで補えるわけがないからな。大量の作物を育てる農家の存在は必要不可欠だ」


 植物魔法は農家に取って代われるほどの魔法じゃないと思う。基本は農家のみんなが作物を大量に育ててくれているから、みんなが食べていける。植物魔法だけで補おうと思っても、使える頻度が制限されているため思った通りに使えない。


 今回のように臨時で使う分には凄く役立つ魔法だけど、農家が作る量には負けてしまう。


「俺も説明したんだが、不安は拭えなかった。何かいい解決策があればいいんだが、思いつくか?」

「今だとパッとは思いつきません。でも、このままではしこりが残ってしまうので、なんとか解決したいですね」

「そうなんだよな、農家のみんなが安心してくれる解決策があればいいんだが……」


 うーん、と悩んでみるがすぐには思い浮かばない。


「まぁ、根気強く説明して納得してもらうしかないだろう。明日、昼ぐらいにお前たちがいる場所まで手伝ってくれる農家の人を連れていく。そこで顔合わせだな」

「分かりました。色々とありがとうございます」

「村のためだ、助力は惜しまない」


 話はそれで終了した。私たちは男爵様にお辞儀をして、食堂を後にする。


 屋敷を出てしばらく歩いていく。考えるのは農家が不安に思っていることだ。


「農家のみなさん、植物魔法で自分たちの仕事が奪われるんじゃないかって心配しているみたいですね」

「そうなんだよね。そう思う気持ちも分かるんだけど、そうならないと思うんだ」

「なんだか難しい話で分からないけど、ようは植物魔法が農家の仕事を取らなければいいってことなのか?」

「うん、そういうことだね。何か解決策はないかなー」

「このままだと農家のみなさん、心配で作業に集中できないかもしれませんね」


 それは困る、どうにかして解決策がないか考えないと。


「二人とも、何か良い解決策はないかな?」

「難しいですね、不安を解消する手段ですよね? 植物魔法は農家に取って代わらない、ということを時間をかけて分かっていくしかないと思います。いきなり理解しろっていうのが難しい話なら、です」

「ウチは難しい話は分からないけど、植物魔法を使わなければいいのか? でも、それだったら作物は育てられないもんなー」

「流石にそれは難しいじゃないですかね」


 農家が不安に思っているのは、自分たちの仕事が取られること。でも、今は植物魔法で作物を取ることが重要だから止められないし。一体どうしたら……あっ!


「そうだ、いいこと思いついた!」

「えっ、なんだなんだ!?」

「どうしたんですか!?」

「植物魔法を一時的に使わなかったらいいんだよ!」


 そうだ、農家の仕事を取らないように植物魔法を使わなかったらいいんだ。


「どういうことだ?」

「農家の人は自分の仕事が取られることが嫌なんだ。それは折角作った作物が売れなくなる事態になることを言っているの」

「農家の収穫と私たちの収穫が重なって、作物が過剰になって売れない状態のことですか?」

「そう、そういう状態になることを恐れていたんだよ。だから、農家の収穫時期に私たちが同じ作物を作ることを止めれば、農家の作物は自然と売れることになる」

「なるほど、それだと農家が作った作物は売れるな」


 農家が心配していたのは、自分たちの作物が売れないかもしれない、ということ。売れないとなると収入は減るし、それが一番困ることだ。


 だったら、こちらが作物を作らないように調整すれば、農家が作った作物は売れることになる。うん、これでいこう。


「明日、農家の人たちに説明しよう。そしたら、不安もなくなると思う」

「ノアはそれでいいんですか? 一時的に収入がなくなってしまいますが」

「農家の人と比べると、収穫は小刻みにやっているから、その時の収入で賄えると思う。もし、足りなそうだったら素材採取の仕事をすることもできるし、問題ないよ」


 鑑定を使っての素材採取もお金になるから、仕事がなくなるわけではない。それに、栽培されていない野菜を育てることでも収入を得る機会はあるから問題なしだ。


「二人に相談したお陰で解決策が生まれたよ、ありがとう」

「そんな、私は何もしてませんよ」

「ウチもそんなに力になれてなかったぞ」

「それでも、きっかけにはなったんだよ」


 一人で悩んでいたら絶対に思いつかなかったと思う。二人に相談して良かったな、こうして解決策が生まれたわけだし。


「これからも、何か困ったことがあったら相談させてね」

「どれだけ力になれるか分かりませんが、その時は協力させてもらいますね」

「ウチもだ! 話ならどんな話でも聞けるぞ!」


 二人は笑顔で答えてくれる、それだけで私の力になる。


「私たちも頑張って称号のレベルアップをして、ノアのためになりたいです。クレハ、魔物討伐がんばりましょうね」

「もちろんだぞ! ノアの魔法は便利だから、ノアに色んな魔法を覚えてもらうためにウチは頑張るぞ」

「ありがとう。二人が頑張ってくれると、きっと新しい魔法を覚えることができるよ。二人も魔物討伐のことで悩んでいることができたらなんでも相談してね」


 三人で協力し合えれば、怖いものなんてない。心強い味方を得られて、本当に良かった。三人で笑顔になりながら、三人の家へと帰っていく。

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