204.リムート漁村(4)

 パンの味見対決をすることになり、私は厨房に立たせてもらうことになった。


「必要な材料を言ってくれ。出すから」

「ううん、材料だったらあるよ」

「そんなのどこに……」

「このリュックの中にね」


 私はリュックを開けると中から小麦粉、塩、砂糖、卵、牛乳、バター、そして天然酵母を出した。


「なっ、どうしてこんなに物が……」

「それは私が凄い魔法使いだからだよ」

「魔法ってそんなことまでできるのか、凄いな」


 旅先で料理ができるように入れておいて正解だった。パンを捏ねるための木の器や布も出しておいて、これで準備の完了だ。


「じゃあ、作っていくね」


 旅先でのパン作りが始まった。木の器に小麦粉、塩、砂糖の粉類を入れる。そこに卵、牛乳、天然酵母を入れて軽く混ぜ合わせたら捏ね始める。生地がまとまってくると、そこにバターを入れてさらに捏ねていく。


「作り方はほぼ一緒だな。ただ、材料が違う。色々はいっているんだな。特にこの瓶の中身はなんだ?」

「これは天然酵母って言って、パンをフワフワさせるためのものだよ」

「パンをフワフワ……そんなことが可能なのか?」


 エリックさんは知らない材料に興味津々だ。瓶をまじまじと見て、どんなものか確かめている。そうしている間にも、生地を捏ね終わった。木の器の中で丸めて放置して、濡らした布を上にかける。


「それは何をしているんだ?」

「これは醗酵を促しているんだよ。天然酵母を入れることによって生地が醗酵して膨らむんだ。今、魔法を使って時間を早送りにするね」

「魔法で時間を早送り?」


 いつものように木の器に向かって、時空間魔法の時間加速をかける。すると、かけた布がちょっと盛り上がった、醗酵が終わったみたいだ。布を捲ると、そこには二倍以上に膨れ上がった生地ができていた。


「こ、これは! どういうことだ、こんなに生地が膨らむなんて……」

「これが醗酵の力だよ。こうすることでパンがフワフワになっていくの」

「そんな作り方があったなんて知らなかった」


 膨らんだ生地のガス抜きをして、小麦粉を振りかけた台の上で小分けにしておく。小分けにして丸めたら、濡れた布巾を被せて少し生地を休ませる。もちろん、時間短縮のために時間加速をして。


 それが終わると生地を平たく伸ばして丸める。全ての生地を丸め終わると、用意されていた鉄板の上に並べた。そして、また濡れた布巾を被せて最終醗酵。時間加速を使うから、醗酵もあっという間に終わる。


「石窯の準備ができたぞ。温度はこれくらいでいいか?」

「うん、大丈夫。じゃあ、焼いていくね」


 最後に生地の上から溶いた卵を塗って、その鉄板を石窯の中に入れて扉を閉める。しばらく焼いていくと、中から香ばしい匂いがしてきた。


「パンの焼ける匂いっていいですよねー。堪らないです」

「ウチは肉が焼ける匂いと音が好きだぞ。想像したらよだれが出てきた」


 近くに来ていたイリスがいっぱいに空気を吸い込んでいる。この香ばしい匂いは堪らないよね。さて、そろそろ焼き上がる時間だ。扉を開けて中を確認すると、パンがこんがりキツネ色に変わっていた。


 エリックさんに鉄板を取ってもらい、それを台の上に置く。鉄板の上にはこんがりと焼いたバターロールが完成していた。


「おお、小麦とバターのいい匂いがする」

「バターロールっていうパンだよ」

「焼きたてのパン……食べていいですか?」

「もちろんいいよ。熱いからちょっと冷ますね」


 出来立てのパンを興味津々に見つめるエリックさんと、その横で物欲しそうにしているイリス。私は冷却の魔法と風の魔法を使って、パンの粗熱を取った。


「よし、これでパンが食べられるようになったよ。召し上がれ」


 そういうと、三人はバターロールを手にして手でパンを割った。


「なっ、柔らかい! それに簡単に裂ける!」


 エリックさんは驚いた顔でパンを見つめた。じーっとパンを見つめているエリックさんの横で、イリスとクレハがパンをひとかじり。


「んー、これですこれ! ふんわりと香るバターと小麦の匂い、最高です」

「やっぱり、ノアが作ったパンが美味いな!」


 美味しそうに頬張る二人を見ていたエリックさんは緊張した面持ちでパンを一噛みする。その瞬間、とても驚いた顔になった。


「なっ、凄く柔らかい! 信じられない、こんな事って……」

「それが醗酵の力だよ」

「醗酵の力……それがあるからこんなにパンがフワフワになるのか!」


 エリックさんはあっという間に一つのバターロールを食べ終えた。すると、ちょっと偉そうに胸を張ったイリスが口を開く。


「どうですか、ノアのパンは。最高に美味しいですよね!」

「なんで、イリスが威張っているんだ?」

「パンのことですから?」

「はぁ?」


 パンのことになると、やっぱりイリスはちょっと変わっている。めちゃくちゃ力んで、パンが美味しかったことを強く訴えていた。


 その間、真剣な顔で考え込んでいたエリックさんがこちらを向いた。何かな? と思っていると、両手をガシッと掴まれた。


「このパンは素晴らしい! こんな作り方があったなんて知らなかった! ぜひ、その作り方や材料を教えてくれないか!」


 よし、来た。これでここにいる間は美味しいパンを食べられる。


「もちろん、いいよ」

「よっしゃ、ありがとう! これでフワフワのパンが作れる、やったぜ!」


 エリックさんは嬉しそうに私の手を上下に揺らした。


「おや、なんだか騒がしいね」


 その時、食堂の入口から人が入っていた。大柄な中年女性とそれよりも大柄な中年男性だ。


「おふくろ、親父、お帰り! 今日は宿泊客がいるんだ」

「ふーん、その子たちが宿泊客かい。ずいぶんと可愛らしいお客さんだね」

「三人の紹介するよ、おふくろのハインと親父のガイルだ」

「よろしくね」

「……よろしく」

「「「よろしくお願いします」」」


 どうやら、エリックさんの両親みたいだ。すると、ガイルさんが網袋を持って台所にきた。その網袋を流し台のところにおくと、中に入っていた魚が沢山見えた。


「うわ、なんだこれ!」

「魚だよ。なんだい、みたことがないのかい?」

「はい、絵でしか見たことがないです」

「そうかい、あんたらは内陸からきた宿泊者なんだね。だったら、あんまり魚は見ないかもねぇ」


 クレハとイリスがまじまじと魚を観察する。魚は〆てあるのか、動いているものはいない。


「これは明日の食事になる予定さ。だから、楽しみに待っていてくれよ」

「そうなのか! 今日食べた魚も美味しかったから、楽しみなんだぞ!」

「美味しかったですねー。また食べられて嬉しいです」

「そうかい、魚が気に入ったか。息子が上手に料理したお陰だろうねぇ。自慢の腕を持つ、息子だからな!」

「お、おふくろ……そんなに褒めんなよ」

「大したことは言ってないよ」


 確かにエリックさんの料理は絶品だった。そんな料理がしばらく食べられるとあって、二人とも喜んでいる。もちろん、私も嬉しい。


「そういえば、しばらくここに泊まるのかい?」

「うん、とりあえず一か月はいるつもり」

「へぇ、そんなに泊まるのかい。ということは、遊びに来たって感じか?」

「そうなの。海を体験したくて、隣村から来たんだ」

「そうかい、なら明日から存分に楽しみな。何もないところだけど、海ならあるからさ」


 明日からのことを考えると心が弾む。新しい出会いに新しい環境、私たちの長い夏休みの始まりだ。

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