205.朝のひと時
開けっ放しの窓から熱い日差しが降り注いできた。
「ん、朝……お弁当、作らなきゃ」
朝の日の光で目が覚め、体を起こす。ボーッとしていると、いつもとは違う部屋にいることに気が付いた。
「あ、そうだ。宿屋に泊まっているんだった」
そうだった、今日から宿屋だったんだ。それが分かると、再びベッドの上に寝転がった。いつもは朝起きて、忙しくお弁当を作るのだが、今日はその必要がない。というか、しばらくは宿屋の世話になるから朝はのんびりでいい。
「んふふ、二度寝最高」
ベッドの上でゴロゴロと転がり、再び目を閉じる。朝の少し涼しい時間、ベッドの上で寝転がるのはとても気持ちがいい。それにのんびりとできる状況も合わさって、何倍も気持ちよくなる。
「えへへ、幸せー」
寝坊しても大丈夫だし、食事の心配もなし。普段は何かとやることがあって忙しかったが、今はそれもない。幸福な時間を堪能しながら、うたたねを始めた。
◇
「ノア、起きてください」
「……んあ……あ、イリス。おはよう」
「おはようございます」
体を揺すられて目が覚めた。目を開けると、傍にはイリスがいて私を起こしてくれた。ゆっくりと体を起こし、大きく背伸びをする。
「ふぁー、二度寝しちゃったよ」
「いつもはお弁当を作るために早起きしてますからね」
「そうそう、だけどしばらくはその必要がないみたいだから楽ちんだよ」
「ふふっ、いつもありがとうございます」
私がお弁当を作らなくて済むと笑うとイリスも笑ってくれる。朝一からイリスの笑顔に癒されると、隣のベッドで寝ているクレハを見る。相変わらず寝相が悪い。
「クレハ、起きてください」
イリスがクレハに近寄るとその体を大きく揺らす、私の時よりも乱暴だ。でも、そうでもしないとクレハ起きないんだよね。しばらく、揺すっているとクレハの唸り声が聞こえてきた。
「うぅ……気持ちいい、寝てたい」
「朝は涼しくて気持ちがいいね」
「分かります。って、そういうことはいいんです。ほら、朝食を食べに行きますよ」
「……朝食! 起きる、起きる!」
食べ物のことになると、クレハは元気になる。だらけた姿勢からすぐにシャキンと起き上がった。こういうことができるなら、言われなくてもやってほしいところではある。
「早く着替えて行こうぜー」
「そうだね。お腹減っているし」
「朝は何が出てくるのか楽しみですね」
私たちはパジャマを脱ぎ捨て、普段の服に着替える。パジャマは綺麗に畳み、棚の上に置いておくと部屋を出ていった。それから食堂の中に入ると、すぐに声がかかる。
「三人ともおはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう!」
「のんびりとした朝だな。今、朝食を作ってやるから好きな席に座って待っていろ」
厨房に立っていたエリックさんと挨拶をかわすと、エリックさんが忙しく動き出した。私たちは好きな席へと座り、朝食が出来上がるのを待った。
しばらくすると、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。
「肉の焼ける匂いが好きだけど、魚の焼ける匂いもいいんだぞー」
テーブルの上で体を乗り出しただらけたクレハは魚の焼けるいい匂いにやられている。昨日食べた魚の味を思い出してか、よだれが出てそれを懸命に飲み込んでいる。
クレハのよだれを飲み込む音を聞きながら、美味しそうな匂いに耐えているとエリックさんが動き出した。
「まずはナイフとフォーク。水とサラダとパンな! 昨日教えられた通り作ってみたんだ。美味くできていると思うぜ」
テーブルに朝食が運ばれてきた。順番にテーブルの上に置かれていると、早く食べたいとお腹が鳴った。
「そして、メインの塩漬け魚な。一晩塩を揉みこんでつけといた、シンプルだけど美味しいと思うぞ。あと、魚はあんまり食べたことがないって聞いといたから、骨は取っといた。レモンはお好みで使ってくれ」
皿には大きな平たい魚の身が二枚乗っていて、レモンも添えてある。クレハは四枚も乗っていてかなりのボリュームがある。私たちは待ちきれずに手を合わせて掛け声を合わせる。
「「「いただきます」」」
ナイフとフォークを手に取って、メインの魚をいただく。直火でじっくり焼いたのか、昨日よりも焦げが黒い部分がある。その身にフォークを刺し、ナイフで切り込みを入れると簡単に切ることができる。
ふんわりとした身を一口食べると、魚のうま味がギュッと濃縮された味が口いっぱいに広がった。塩を漬け込んだことにより、魚のうま味が引き出された感じがした。
「うん、美味しい! 淡泊だけど、魚の味がしっかりしている」
「今日は油がないけど、これはこれで美味しいんだぞ」
「塩気の中に魚の美味しさが詰まってます。何度も噛みたくなる味ですね」
「塩漬けはこの辺じゃメジャーな料理なんだ。ここに来たら、これは絶対に食べさせたいなって思ってたんだ」
へー、そうなんだ。なんだか作り慣れている料理って感じがして、安心して食べれるよ。それに、骨を取ってくれたから食べやすくていい。骨から身を取るの大変だからね。
「魚もいいけど、パンも食べてくれよ」
あ、そうだった。昨日、天然酵母を渡しておいたんだけど、それを使って作ったんだよね。パンを手に取って千切ると、いつもと変わりない感触で簡単に千切れる。それを口の中に入れた。
「うん、美味しい。柔らかいし、小麦の香りもするし」
「家で食べているパンに近いぞ!」
「でも、焼きたてじゃないのが残念ですねー」
「パンの焼き上がる時間の調整は難しいかな。でも、美味しかったか、良かったー」
パンには厳しいイリスもこれくらいなら合格点だ、とでも言わんばかりだ。焼きたての状態はね、魔法を使っているから他では難しいよね。
「これからもっと美味しいパンを作るから、ここにいる時は堪能してくれよな」
「イリスを納得させれるパンを作れるのかー?」
「私の判定は厳しいですよ」
「というか、ノアが作るパンや料理も恋しくなるなー」
「あ、それはそうですね」
「私の料理?」
確かに、一か月も自分の料理を作らないってなると腕が鈍るかも。外でかまどを作って料理をしたほうがいいのかもしれない。
「そっか、ノアが二人を食べさせてやっているんだな。そういうことなら、ウチの厨房を使ってもいいぞ」
「本当? じゃあ、使わせてもらおうかな」
「どんな料理をするか気になるから、お互いに料理の食べ比べもしないか?」
「いいね。私もエリックさんの料理が気になるし。色々教えてもらいたいなー」
昨日食べた料理も今日食べた料理も美味しかったから、作り方を学びたいな。そしたら、向こうに戻ってもここの料理が食べられるようになるよね。
「俺もノアの作る料理に興味がある。お互いのために、料理を教え合おうな。そうそう、エリックさんなんて他人行儀な言い方は止めてくれ」
「えっ、じゃあなんて呼べばいいの」
「エリックお兄ちゃんと呼んでくれ! ここにいる時は、俺はお前たちの兄貴分だ!」
あー、そっちのほうが親しみがあっていいかもね。確かにエリックさんは面倒見のいいお兄ちゃんって感じがする。
「兄ちゃん!」
「おう!」
「エリックお兄ちゃん?」
「うん、いいね!」
「お兄ちゃん!」
「そうそう!」
お兄ちゃん呼びをするとエリックお兄ちゃんはとても嬉しそうな顔をした。なんだか、本当にお兄ちゃんができたみたいだ。私たちは嬉しそうにお兄ちゃん呼びを連呼した。
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