106.錬金術の魔法

「錬金術の魔法にはいくつかあります。調合、ろ過、撹拌、分離、乾燥、発酵、冷却、発熱、精製、粉砕、殺菌、計量。これらの魔法を使って錬金術をしていくんです」

「沢山の魔法が必要なんだね」

「調合の過程で使う魔法だから色々ありますね。作る物によって使う魔法が違ってきます。昔はここまで多くの魔法が必要なったのですが、新しい錬金物を作るために利便性のある魔法を開発したみたいです」


 錬金術で使う魔法は調合だけじゃないのがビックリ。材料を鍋に入れて、調合して、終わりっていう話じゃないみたい。でも、良く聞くと便利な魔法だよね。その魔法を覚えれば、何かに使えるかもしれない。


「何か気になる魔法がありますか? あるなら、教えてもいいですよ」

「でも、そんなに簡単に教えてもいいの? 私が錬金術を使えるようになると、エルモさんの仕事を奪っちゃうかもしれないんだよ」

「全然そんなことないですよ。私の商品はほとんど町に売っているようなものですし、この村で錬金術を使っても問題ありません」


 そっか、エルモさんの商品はほとんどは町に売っているから、この村で錬金物を売れなくても問題ないんだ。んー、でも錬金術を使って何かをしよう、とは思えないんだよね。


 どっちかっていうと、魔法に興味があるだけ。魔法は便利なもの、て分かったから出来るだけ覚えておきたい。それを錬金術に使うとは考えていないんだよね。


 それにしても、錬金術の魔法も便利そうなものがいくつかあった。乾燥はいつも使っているけれど、発酵なんていう魔法があるんだね。それがあれば発酵食品なんか簡単に作れそう。


 それに牛乳が取れるようになると、撹拌してバターも作れちゃったりするよね。バターがあれば料理の幅も広がるし、パンだって美味しく出来ちゃう。精製の魔法もやりようによっては料理に生かせるかも。


「多分、私は錬金術を使わないと思うの。でも、魔法には興味があって、魔法だけ教えてもらいたいな」

「もちろんいいですよ。ちなみに何に使うつもりですか?」

「料理に使おうと思っているよ」

「へー、錬金術の魔法って料理にも使えそうなんですね。どんな料理になるのか、全然見当もつきません」


 料理に使うとしったエルモさんは感心したように頷いた。すると、エルモさんのお腹が鳴る。


「あ、すいません。朝食をまだ食べていなくて……」

「私こそごめんなさい。朝早くに押しかけて、お話までしてもらって」

「いえいえ、いいんです。この村に来て、話せる相手が出来て、今の私はとっても幸せです」

「村の人とは話さないの?」

「中々話しにくくて……ここにくる冒険者さんたちは怖くて苦手で、ノアちゃんと出会ってからまともに話せたのはとても久しぶりなんです」


 照れ臭そうにエルモさんは頬をかいた。そっか、この村に来て話せる相手があまりいなかったんだね。


「そういうことなら、私が話し相手になるよ。素材採取のついでに何か話そうよ」

「い、いいんですか? うわー、嬉しいです。お友達が出来たみたいです」


 エルモさんは感激したように笑顔になった。私も話す相手が多くなって嬉しいな、もっと増えればいいのに。


「じゃあ、今日はこの辺りで帰るね。エルモさんの朝食もまだみたいだし」

「うぅ、すいません。私のお腹が」

「ううん、気にしないで。また来た時にはお話しよう」

「はい、準備万端にしておきます。暇があれば魔法も教えるので、楽しみにしていてください」


 私はイスから立ち上がると、エルモさんに手を振った。エルモさんも笑顔で手を振り返してくれて、見送られながら私はお店を出ていった。


 ◇


 家に帰った私はいつも通り過ごした。家畜の世話をして、一人で収穫できるくらいの農作物を育て、作物所へ行って農作物を売る。一人で作業していると、やっぱり収入が落ち込んでしまうのが痛い。


 だけど、今回は素材採取をした収入があったからそれほど痛くない。こんなことなら早めに素材採取をするべきだったな、と思った。


 でも、素材採取の弊害が一つある。帰ってくるのが遅いので、パンを焼いたり食事が作れなくなってしまうことだ。そうすると、翌日のお昼のお弁当につけるパンがない。パン好きのイリスには悲しい思いをさせるのが心苦しいな。


 やっぱり、農作業全てを素材採取に変えることは出来ない。台所を預かる者として、二人には美味しい食事を提供したいし悲しい思いにはさせたくない。


 うん、やっぱり農作業しつつ、時々素材採取に行くくらいが丁度いいと思った。これから冬になると、他の農家で農作物は作れなくなる。そうすると、私の出番になるだろう。冬は何かと忙しくなりそうだ。


 そんなことを考えながら夕食の準備をした。時間停止の魔法があるから、早く作ったとしても魔法をかければいつでも出来立てのものが食べられる。待っている間に今後の予定とかを考えた。


「ただいまー」

「ただいまかえりました」

「うー、寒いんだぞー」

「すっかり冷えちゃいましたね」


 二人が帰ってきた。寒そうに体を擦る二人を見ていると、何かをしてあげたくなる。けど、二人のために出来ることはない。あー、今錬金術魔法の発熱が出来たら二人を温めることが出来るのにな。


「二人ともお帰り。洗浄魔法をかけるね」


 私はいつも通りに洗浄魔法をかけて二人を綺麗にした。さっぱりとした二人だったけど、やっぱり寒さが応えるみたい。体を一生懸命に擦っている。


「今日は温かいスープを作ったから、お腹いっぱいに食べてね」

「やったぞ、温かいスープなんだぞ」

「嬉しいです、ありがとうございます」


 二人を席に着かせると、時間停止の魔法を解いた。その瞬間、スープから湯気が立ち上り、いい匂いが充満した。二人はその匂いを嗅ぎながら、皿の縁に手をつける。


「ふー……手が温かいです」

「あったまるんだぞー」

「今時間は凄く寒いよね。そろそろ暖炉を点けたりしないとな。そうだ、冬服も仕立てないとね」

「そうですね。そろそろ秋服じゃ間に合わない寒さになっていますから、仕立てましょう」

「冬服は温かくても動きやすい服にするんだぞ」


 早めに冬服を作っておけば良かったな。でも、仕立屋さんの仕事は早いからギリギリでも大丈夫そうだ。


「明日、みんなで服を仕立てに行こうか」

「いいですね、行きましょう」

「明日行くと、いつぐらいに出来るんだろうな」

「二日か三日以内には一着出来ると思うよ」

「だったら、明日行けばすぐに冬服を着ることが出来そうだな」


 明日は仕事の前にみんなで仕立屋に行くことになった。温かい服を仕立てて、寒い冬を乗り切るんだ。


「それじゃあ、いただきます」

「「いただきます」」


 三人で手を合わせて食事を開始した。温かいスープを飲むと、少しずつ体が温かくなるようだ。二人を見てみると、幸せそうに温かいスープを飲んでくれる。この瞬間が堪らなく好きだ。


「ん、今日のスープはちょっとピリッとするぞ」

「そうですね、味にアクセントがついているような……」

「これが胡椒の味だよ。どう? 口に合った?」

「なんだか、このピリッとした味があると美味しく感じるな」

「えぇ、いつもとは違う感じで美味しいです」


 今日の昼に昨日取った胡椒を乾燥させて、すりつぶしてスープに入れてみた。どうやら、二人とも気に入ってくれたみたいで良かった。これから料理でちょくちょく使うことにしよう。


「そういえば、今日素材を売りに行ったんだけど、今度錬金術の魔法を教えてもらうことになったんだ」

「へー、そうなんですか。錬金術って魔法だったんですね」

「うん。その魔法を使えば、もっと美味しいものが作れそうなんだよね」

「それは本当か!? 今までにないものを食べられるんだな?」

「うん、今までにない調理法で作ったものが食べられるよ」


 また新しい料理が出来る、それを知った二人はとても嬉しそうにしていた。


 冬が間近に迫った日、家の中は賑やかな声で満たされている。寒い日だとしても、温かな時間はゆっくりと過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る