176.春の素材採取(1)
「今日も終わったねー」
「じゃあ、必要だったらまた呼んでよ」
「お疲れー」
「消すよー」
小麦の収穫を終えた私は出していた分身たちを消した。これで後は収穫した小麦を納品するだけだ。小麦の入ったリュックを背負うと、作物所へ歩き始める。
その時、こちらに近づいてくる人が見えた。よく見てみると、それは珍しいことに錬金術師のお店をやっているエルモさんだった。
「ノアちゃん、こんにちはー」
「こんにちは。エルモさんが来るなんて珍しいですね」
「ノアちゃんにお願いしたいことがあって来たんです」
エルモさんが私にお願いしたいこと? 一体なんだろう?
「実は今ちょっと困っていることがあって、手助けして欲しいんです」
「困っていることってなんですか?」
「あの、冒険者さんたちが素材を持ってくるのは大変助かっているのですが、持ち込んでくる素材が偏っているんです。そのせいで欲しい素材が手に入らないんです」
「あー、なるほど。素材採取の依頼ですか?」
春になったから色んな素材が生えてきているのかもしれない。素材がないと仕事にならないエルモさんにとって、素材が手に入らないのは死活問題だ。だったら、ここは一肌脱ごう。
「依頼は依頼なんですけれど、今回はちょっと違う依頼です」
「ちょっと違う依頼?」
「はい。素材採取に私も一緒に連れて行ってください」
エルモさんが素材採取に?
「欲しい素材が沢山ありすぎて、依頼しただけじゃ手に入らない可能性があるんです。だから、今回は私が直接行って欲しい素材を取りたいんです」
「今回はそんなに欲しい素材があるんだ。ということは、今回の依頼は護衛っていうことになるのかな?」
「私も少しですが魔法が使えます。戦闘で少しは役に立つと思うんですよね」
「エルモさんが戦闘……」
あんまり想像できないというか、お店で調合している姿しか知らないからとても意外だ。でも、そういうことならエルモさんが一緒に行ったほうが素材が沢山手に入りそうだ。
「他の冒険者さんとかには依頼しないんですか?」
「えっと、その……怖いので」
「あ、そうだったね」
そうだ、冒険者さんたちが強面ばかりでエルモさんが萎縮しちゃうんだった。そういうことなら、馴染みやすい私たちと一緒のほうが良さそうだね。
「今日二人が帰ってきたら相談してみるよ」
「本当ですか? ありがとうございます! ぜひ、私も一緒に連れていってください!」
とにかく、二人の相談しないと話が始まらない。そのことをいうとエルモさんは嬉しそうにしてくれた。
◇
二人が帰ってきて、夕食を食べ終わった頃。私はエルモさんの話をする。
「二人に聞いて欲しい話があるんだけど、いいかな?」
「どんな話ですか?」
「お世話になっている錬金術師のエルモさんが、森に素材採取に行きたいんだって。でも、一人では入れないから私たちと一緒に素材採取に行きたいらしいの」
「あー、時々素材採取を依頼してくる錬金術師か」
二人は嫌な顔はせずに、興味深そうにしてくれる。
「そのエルモさんは戦える手段はあるんですか?」
「一応あるらしい。でも、どこまで戦えるかは分からないかな」
「じゃあ、もしかしたら守りが必要になる可能性もありますね」
「錬金術師を守りながら戦うのか? うーん、できるかなぁ?」
状況によってはエルモさんを守りながら戦うことになるかもしれない。そのことを考えた二人は難しい顔をした。
「難しいかな?」
「いいえ、ちょっと考えていただけです。守ることなら、私の聖なる壁がありますし問題ないかと思います」
「イリスが守って、ウチが魔物を討伐する形だな! あ、今回はノアもいるから、攻撃の手はもう一つ増えるのか。なら、大丈夫じゃないか?」
「はい、エルモさんが増えても問題ないと思います」
「そっか、二人ともありがとう」
二人の了解がとれた、ということはエルモさんと一緒に素材採取をすることができそうだ。私も久しぶりの素材採取だ、気合入れていくぞ!
◇
翌日、エルモさんに一緒に素材採取に行けることを伝えると、その次の日に一緒に行くことになった。気温も上がってきたし、そろそろ春が終わりそうだ。だから、早めに行動をしたかったのだろう。
そして、素材採取の当日。私はいつも通りに目覚めて、お昼のお弁当を作りそれぞれのリュックに入れておく。昨日作っておいたおやつも入っているし、準備完了だ。
二人を起こして着替えさせると、朝食を食べに宿屋へと向かう。
「今日は久しぶりにノアと森に行くぞ。強くなったウチの力、見せてやるんだぞ」
「私も強くなりましたからね。見て欲しいです」
「二人とも本物の勇者と聖女になったからね、きっと今までとは比べようがないくらい強くなったんだろうね」
「いえ、そこまでは……」
「なんだよ、弱気になるなよ!」
本物の勇者と聖女になった二人は強くなったんだろう。どんな活躍を見せてくれるのか楽しみだ。私も本物の賢者になったし、魔法の威力も上がっている。魔物討伐で役に立ってみせよう。
そうやってお喋りしながら宿屋の中の食堂へと入っていった。
「あら、おはよう。席に座って待っててね」
入ると近くいたミレお姉さんに見つかった。すぐに席に座って、朝食が来るのを待つ。しばらく待っていると、ミレお姉さんが朝食を持って現れた。
「おまちどうさま。沢山食べてね」
「ありがとう」
「あら、今日はノアちゃんもリュックを背負っているわね。もしかして、どこか行くのかしら?」
「うん、素材採取に行くんだ」
「今日は錬金術師の人も一緒なんです」
「四人で森に行くんだぞ!」
「あら、珍しいわね。今日は賑やかな日になりそうね。頑張ってきてね」
ミレお姉さんに応援された、やる気が漲ってくる。今日、頑張るためにもしっかりと朝食を取らないとね。そう思って、朝食を食べていると近くにいた冒険者さんたちが話しかけてきた。
「ノアたちも錬金術師と知り合いなのか?」
「うん、時々素材採取をしてあげているんだ」
「へー、そうなのか。あのお嬢ちゃんと知り合いだったなんて知らなかったぜ。挙動不審でちょっと困っちまうことないか?」
「私にはそんな素振りはみせないよ。強面の人が苦手らしくて、どう対応したらいいのか分からないんだって」
「なんだ、そんなことで挙動不審になっていたのか」
「冒険者のおじさんたちも笑顔で対応すればいいんじゃないか?」
「俺たちが笑顔で? いや、そこまでしなくても……」
冒険者さんたちが笑顔で対応か……エルモさんがもっと大変になりそうな未来しかみえないな。私たちは怖くないけれど、怖いと思っているエルモさんが笑顔の冒険者を見たらどんな反応になるのか。
「あの錬金術師、やり辛くてなぁ。でも、素材はちゃんと買い取ってくれるし、その辺は助かっているんだよ」
「なぁ、ノアから言ってやってくれよ。俺たちは怖くないから、普通に対応してくれって」
「一応言ってみるけれど、難しいと思うよ」
果たしてエルモさんが強面の冒険者に慣れる日がくるのか、それが問題だ。慣れてくれればいいんだけど、今の様子を見る限り無理そうだなぁ。
「なぁなぁ、ウチらが錬金術師に会ったら、ウチらも怖がられるのか?」
「私たちがですか? それはそれで新鮮な体験ですが……」
「それはないと思うんだど……」
ちょっと人見知りなところもあるから、もしかしたら何かあるかもしれない。ちょっと不安になってきた。
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