177.春の素材採取(2)

 エルモさんとは宿屋の前で待ち合わせをしている。食事を取り終えた私たちはそのまま宿屋の外に行き、エルモさんが来るのを待った。


「エルモさんってどういう方なんですか?」

「とても優しい女性だよ。ただ、人見知りをするから慣れるまでは挙動が怪しいかな」

「じゃあ、ウチらが沢山話しかけてやればいいな! そしたら、馴染むのも早いと思う」

「うーん、それはどうかな? どっちかっていうと、そんなに話しかけないほうがいいと思うんだけど」

「なんでだ? 仲良くなるためには話すことが必要だぞ」


 確かに話すことは重要だけど、エルモさんの場合ははじめはそんなに話しかけないほうが良さそうな気がしてきた。はじめは緊張しているから、ゆっくりと歩み寄りつつ少しずつ話すのがいいと思う。


「はじめは驚いちゃうから、ちょっと少なめに話そうよ」

「少なめってどれくらいだ?」

「一言二言くらい」

「それじゃあ、こんにちは、ぐらいで終わっちゃうぞ。本当にそれだけでいいのか?」


 うーん、どれだけ会話をすればいいのか私も分からない。私の時はどうだったかなー、大分前のことだから思い出せないな。


「あのー」

「どうしたの、イリス」

「あそこに人がいるんですけれど、さっきからこっちを見ているみたいなんです」

「えっ、人?」


 イリスが指した方向には建物があって、その建物に体を隠す感じで誰かがこっちを覗き見ていた。私が視線を向けるとその人は建物から顔を出してくる、エルモさんだ。


 あんなところで何をしているんだろう? 不思議に思っていると、宿屋の扉が開いた。


「ん、ノアたちじゃねぇか。こんなところでどうしたんだ?」

「人を待っているの」

「こんなところで待ち合わせか、早くその人が来るといいな」

「じゃあ、俺らは先に森に行っているぞ」

「うん、いってらっしゃい」


 宿屋からぞろぞろと冒険者が出てきて、軽く会話を交わした後は真っすぐと森に向かっていった。それを見送った後、エルモさんを見てみると完全に建物に体を隠していた。


 なるほど、冒険者が怖くて中々こっちに来られないんだ。ということは、こっちから行った方が良さそうだね。


「あそこに隠れているのがエルモさんだよ。どうやら、こっちに来れないみたいだから、私たちから行こう」

「ここに来れないってどういうことだ? 普通に歩いてこればいいんじゃないか?」

「不思議な方ですね」


 私は二人を引きつれてその建物へと近づいた。すると、そーっと覗き込んでいたエルモさんがこちらに気づき、なぜか慌てふためいていた。


「エルモさん、おはようございます」

「あわわ、おはようございます……」

「はじめまして、イリスといいます」

「ウチはクレハだぞ!」

「ええと、ええと……はっ、はじめまして。錬金術師のエルモ、です」


 二人が元気よく挨拶をすると、エルモさんは挙動不審になりながらもなんとか自己紹介をした。初めて会う人にはこんな感じだったっけ? うーん、思い出せないな。


「この二人がいつも話に出ていたイリスとクレハだよ。怖くないから安心して」

「は、はい。こ、怖くないのは分かるんですけれど……はじめてお話する方なので緊張してしまって」

「話すだけで緊張するか?」

「うーん、時と場合によります?」

「まぁまぁ、そういう人なんだよ」

「す、すいません……嫌いっていう訳じゃないんですけれど、どう話していいか言葉に詰まっちゃって」


 エルモさんは縮こまって俯いた。恥ずかしそうにもじもじとしていて、何を話していいか分からないんだと思う。ここは助け舟を出すしかないね。


「ちょっと恥ずかしがり屋だけど、慣れたらきっと仲良くできるよ。普段は優しいいいお姉さんっていう感じだからね」

「わわっ、ノアちゃん! そんな、恥ずかしいです……」

「エルモさんも少しずつ慣れていこうね。大丈夫、この二人はとてもいい子だから安心してね」

「はい、いい子ですよ」

「ウチもいい子だぞ!」


 顔を上げたエルモさんは二人を見て、臆しながらも手を差し伸べた。


「あの……今日はよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「ウチらに任せろー!」


 二人はエルモさんの手を握ると、三人は顔を合わせた。二人は満点の笑顔をして、エルモさんは控えめの笑顔をする。うん、はじめはこんな感じでいいよね。


「じゃあ、森に出発しようか」

「はい、そうですね」

「今日は素材採取だぞー」

「は、はい!」


 私が先導すると、三人は後ろからついてくる。森に入ったら二人に先導してもらわないとね。あまり戦っていない私が先頭にいても危ないだけだし。


 ◇


 森の中に入ると、クレハとイリスを先頭にして移動を開始した。


「そういえば、エルモさんは戦える力があると聞きましたが、どんな攻撃をしますか?」

「あ、それウチも聞きたいぞ! そしたら、ウチらがどう動けばいいか分かるしな」


 先頭をいく二人がエルモさんの戦闘能力について聞いてきた。そうだよね、実際に戦闘になる前に聞いておいた方がいいよね。


「は、はい。私はこの杖で攻撃します」

「杖で攻撃ですか?」

「杖で殴るのか?」

「いえ、この杖に魔力を込めると魔力で作った棘みたいなものが出てくるんです。その棘を魔物に向かって放つと倒せます」


 エルモさんは手に持った杖をみんなの前に出した。不思議な玉と装飾の付いた杖で、なんか魔法の力みたいなものを感じる。


「どんな風に出るんだ?」

「一度見てみたいですね」

「あ、そ、それじゃあ……一度見てみます?」

「おう、頼む!」

「見てみたいです」


 エルモさんはちょっと恥ずかしそうに前に出ると、一本を木を指した。


「では、その、あの木の根元を狙います」


 そう言って杖を構えた。エルモさんの魔力の高まりを感じると、杖の玉が光る。


「いっけぇっ!」


 エルモさんが声を上げると、玉から何かが飛び出していき木の根元にぶつかった。かなり大きな音がして、木が揺れて葉っぱが沢山落ちてくる。


「こ、こんな感じですが……どうでしょう? 役に立ちますか?」


 控えめに言ったエルモさん。それを見ていた私たちは、顔を見合わせて笑顔を作る。


「こんなに凄い杖だったなんて知らなかったよ。これだったら、魔物も倒せるんじゃない?」

「そうですね、結構威力のあるものでしたし、これなら問題なさそうですね」

「真っすぐ飛ぶのが分かりやすいな!」

「そ、そうですか? えへへ、認めてもらったみたいで嬉しいです」


 三人で先ほどの攻撃を褒めるとエルモさんは嬉しそうにした。うん、この威力なら戦闘に参加しても大丈夫そうだ。


「エルモさんは魔法は使わないんですか?」

「魔法も使えるんですけど……あまり上手じゃないんです」

「ノアは簡単に使っていたけど、難しいのか?」

「いえ、私には魔法使いの適正がないだけです。錬金術の適正があったので、錬金術師をやっているだけなので」

「普通の魔法を扱えそうに見えるのに、意外だなぁ」


 エルモさんはどこからどうみても魔法使いって感じなのに、魔法が上手く使えないなんて。でも、そっちが無理だったから錬金術の道に入ったのかもね。


「じゃあ、戦闘になったらどうします?」

「ウチが一番前に出るぞ! そこで睨み合いになったら、他の三人で離れた位置から攻撃するのはどうだ?」

「なるほど、クレハが盾役になるのね」

「だ、大丈夫ですか? 子供に盾役をやらせるなんて……」

「クレハはこう見えても丈夫なので大丈夫ですよ」

「こう見えて、ウチは強いから安心してくれ!」


 クレハは張った胸をドンと叩いた。戦闘に関してはクレハを信用してもいいと思う。イリスもそう言っているし、絶対に大丈夫だね。


「ほら、話ばかりしてないで素材を探さないとダメだぞ!」

「は、はい。でも、もう少し奥の方に行きたいです」

「じゃあ、その場所から素材採取の開始ですね」

「私も手伝うよ」

「みんな……ありがとうございます。今日は沢山素材を採りたいと思いますので、よろしくお願いします」


 エルモさんは嬉しそうな顔をして頭を下げた。なんだかんだ言って、少しずつ仲良くなれているような気がする。このまま和気あいあいとした雰囲気が続けばいいな。


 私たちは周囲を警戒しながら森の奥まで進んでいった。

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