27.野菜の料理

「うへー、お腹が空いたぞー」

「今日はいつもとは違う動きをしたから、かなりお腹が減りました」

「私も。野菜の収穫大変だったねー」


 荷車を引っ張りながら宿屋までやってきた。荷車を宿屋の前に置き、中へと入る。それから食堂に直行すると、扉を開けた瞬間からパンの香ばしい匂いが立ち込めてきた。


「んー、いい匂いだぞ」

「堪りませんね」

「ミレお姉さーん!」


 出入口付近でミレお姉さんを呼ぶと店の奥から小走りで現れた。


「あら、いらっしゃい。今用意しているからちょっと待っててね」

「「「はーい」」」


 空いている席に座って、料理がくるのを待つ。周囲の料理を見てみると、今日の料理はパンと肉焼きに小さな芋と人参が添えられたものだった。


「お待たせ―!」


 ミレお姉さんが料理を持って現れた。テーブルの上に料理とパンと水が置かれる、うん今日も美味しそうだ。三人で手を合わせて挨拶をして食べ始める。


「今日の肉はなんだー?」

「今日はワイルドボアの肉よ。野性味が強くて固いけど、うま味が強く感じられるわ」

「お腹が減っていたので、ぴったりですー」

「減ったお腹には丁度いいね」

「あら、クレハちゃんなら分かるけれど、二人がそういうのは珍しいわね。何かあったの?」


 イリスと私のいつもとは違う感想にミレお姉さんが食いついた。


「今日はいつもとは違う作業をしたので余計に疲れたんです」

「違う作業って、小麦作りをしていたのよね」

「今日は野菜を作ってました」


 その言葉をいうと、食堂の中がシンと静まり返った。えっ、なんだろうこの状況は?


「い、今……なんて言ったの?」

「今日は小麦じゃなくて野菜を作ったんです。だから、いつもとは違う作業だったんです」

「それって、本当!?」

「う、うん……」


 物凄い形相でミレお姉さんに肩を掴まれてしまった。その圧に押し負けていると、他にも圧を感じてしまった。周りにいた冒険者の目がこちらに集中していたのだ。い、一体なんなの!?


「今、野菜を作ったと言わなかったか?」

「聞き間違えじゃないよな」

「野菜ってあの野菜だよな」


 冒険者がざわつき始めた。そして、冒険者たちはミレお姉さんの動向に注目する。


「野菜ってもう納品したの?」

「ついさっき終わったぞ」

「コルクさん、喜んでいました」

「それを早く言って頂戴! お母さん、お母さーん!」


 豹変したミレお姉さんが店の奥から宿屋の女将でもあるケニーさんを呼ぶ。すると、ケニーさんが急いで現れた。


「ちょっと、どうしたのよ急に大声なんて」

「今、ノアちゃんたちが野菜を納品したって言ったのよ!」

「……もう一度行って頂戴」

「だから、ノアちゃんたちがコルクさんのところに野菜を納品したって言ったの!」


 ミレお姉さんの言葉に女将のケニーさんはしばらく無言で動かなくなった。どうしたんだろう、大人しく見守っているとケニーさんがハッと我に返る。


「そ、それは本当なの!?」

「本人に聞いたから本当よ!」

「こうしちゃいられないわ。ちょっと今から買い付けに行ってくるわ!」

「任せたよ、お母さん!」


 怒涛の勢いで店の奥に引っ込んでいったケニーさん。私たちは呆然と見守っていると、ミレお姉さんがこちらに振り向いた、満面の笑みだ。


「そろそろ野菜も欲しいなって思っていたところだったのよ! これで食事に色を添えることができるわ!」

「うおぉぉ、やったぜ! 明日から食事に野菜が増える!」

「ようやく、ようやくこの時が来たのか! 我慢して残ったかいがあったってもんよ!」

「パンが食べられるようになっただけじゃなくて、野菜までも……ここに天使たちがいる!」


 食堂の中は一気に賑やかになった。ミレお姉さんも冒険者たちも声を上げて、喜んでいるみたいだ。


「そっか、野菜も不足していたから、こんなに喜んでくれているんだ」

「確かにそうでしたね。食事に野菜が少なかったのには理由があったんでした」

「なんだかみんな喜んでいて、良かったぞー」


 そうだった、小麦だけじゃなくて野菜も不足していたんだ。そのことを思い出すと、この状況にも納得がした。


「だったら、明日は食べる量が増えるんじゃないか!?」

「そうですね、今日買い付けに行くって言ってましたし、明日には野菜たっぷりの朝食が食べれるかもしれません」

「それは楽しみだね。どんな料理になるんだろう」

「ノアの作った野菜は美味しかったから、明日がとっても楽しみなんだぞ!」


 美味しい野菜を使って何を作ってくれるのか楽しみだ。


「ミレお姉さん、どんな料理を作るの?」

「それは材料を見てみないことには分からないわね。久しぶりに大量の野菜が手に入るから、野菜のうま味が分かるような料理にしたいわ」

「野菜のうま味ですかー、それを聞いてすっごく楽しみになりました」

「もう明日が待ちきれないぞ!」


 イリスもクレハも明日が楽しみみたいだ。周りにいる冒険者たちも楽しみにしているようで、話に花を咲かせている。明日はどんな料理が出されるんだろう?


 ◇


 翌朝、クレハに起こされた。


「早く宿屋に行こう!」


 朝食が楽しみすぎて早く起きたみたいだ。私とイリスは目をしょぼしょぼしながら、起き上がる。


「いつもは起きるのが最後なのに、クレハったら」

「それだけ楽しみだったっていうことだね。まぁ、私たちも楽しみな訳だけど」


 ゆっくりと起き上がり、石の家から出ていく。身支度を済ませると、早速宿屋に向かって歩き出した。


「どんな野菜が出てくるんでしょうね」

「朝だから、そんなに重たくない感じで出てくるんじゃないかな」

「ウチは朝からいっぱい食べたいぞ!」


 三人で喋りながら宿屋に辿り着いた。中へと入り、食堂に行く。


「「「おはようございます」」」

「よう、おはよう」

「はよう。朝から元気だな」


 食堂に入って挨拶をすると、冒険者たちが返事を返してくれた。他の冒険者たちは食事を終えたみたいで、皿の上には何も残っていない。これでは、何が出てくるのか分からない。


 席について待っていると、店の奥からミレお姉さんが現れた。手には料理が乗ったお盆を持っている、相変わらず配膳が早い。


「三人とも、おはよう。そして、お待たせ!」

「すっごく待ってたぞ!」

「どんな朝食なんでしょう」


 期待に胸を膨らませて待っていると、料理が机の上に置かれた。皿の上を見てみると、薄く切られた燻製肉が乗っていて、その脇に野菜があった。


 マッシュポテトに小さく刻まれた人参ととうもろこしが練りこまれたもの、くし切りにされたトマトが乗ってあった。彩り豊かな朝のプレートだ。


「わぁ、綺麗ですね!」

「初めてみる料理だぞ!」

「葉物野菜があればもっと見栄えが良くなったんだけど、贅沢は言えないわ」


 いつも見ている色のない朝食とは全く違う、とても華やかに見えた。味はどうなるんだろう? フォークでマッシュポテトをすくって食べてみる。芋のうま味に人参ととうもろこしの甘味がプラスされて、とても美味しかった。


「この料理、とっても美味しいよ!」

「でしょ? 材料があった時は良く作ってたのよね。今回作れてよかったわ」

「トマトがとっても食べやすいです」

「両方とも美味しいぞー!」

「素材が良かったからね。他の冒険者さんたちも美味しいって言って食べてくれたわ」


 そっか、他の冒険者たちも美味しく食べてくれたんだ。自分で野菜を作ったからか、その感想を聞くと嬉しくなる。野菜を残している人はいなかったし、今回もいい仕事したな。

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