9.温かい夜

 閉店直前のお店に滑り込み、なんとかパンとチーズを手に入れた。私たちは昨日眠った路地に戻り、夕飯を作り始める。すると早速クレハが燻製肉の固まりを取り出した。


「ウチ、食べたい分切ってもいいか?」

「もちろん、いいよ。イリスも自分の分は切り分ける?」

「はい、やってみたいです」


 クレハにナイフを渡すと、燻製肉を切り始める。かなり分厚く切り落とした燻製肉を見て、クレハはご満悦だ。イリスもクレハほどではないが、厚めに切り落とした。


「それじゃ、焼くよ」


 両手で持った燻製肉を生活魔法の発火で炙り始める。すると、肉の焼けるいい匂いがして、油が少し垂れてきた。


「へへっ、いい匂いがしてきた。このままかぶりつきたいー」

「もう、クレハったら。パンに挟んで食べるんですよ」

「分かってるってばー」


 クレハの気持ちも分からなくはないけど、ここはイリスの言った通りにパンに挟んで欲しいところ。肉が焼けると、半分に千切ったパンの上に乗せ、その上から買ってきたチーズをのせる。


 それから、また発火の火でチーズを炙るとトロトロに溶けてちょっとだけ焦げ付いた。


「んー、いい匂い」

「早く食べよう!」

「そうだね、早速食べようか」


 溶けたチーズをパンで挟めば夕食の完成だ。路地にある壁に背を預けると、三人で顔を見合わせてパンにかぶりつく。


「んっ、んっ、んー! 美味いな!」

「美味しいです」

「チーズがいい味してる」


 一口食べれば三人で笑顔になる。お肉のジューシーさとチーズの濃厚な味が合わさってとても美味しく感じた。


「朝食べた肉チーズサンドイッチよりも美味しいぞ」

「そうなのですか? きっと朝食べたものよりも、いい品なんでしょうね」

「確かに、リュックに入っていた肉はどれも美味しかったからなー」

「まだまだ食べたいけど、あと肉ってどれくらい残っている?」

「あと二日分ってところかな」

「そっかー……もう少しで食べられなくなるのかー」


 クレハは肉が残り少ないことを知って、とても残念そうにしている。普段の生活をしていれば、絶対に食べられないくらいの肉だったから、本当にこれで最後かもしれない。


 悲しい顔をしたクレハは真剣な表情でサンドイッチを見つめた。


「このサンドイッチの味とももう少しでさよならか。しっかりと味わって食べよう」

「んー、このお肉のジューシーな油が堪りません」


 二人は名残惜しむかのように、ゆっくりと食べ始めた。持ってきた美味しい肉が無くなれば、その辺りで売っている食事を買わなくてはいけない。味が落ちるのは仕方ないけど、寂しいな。


 三人でもぐもぐとサンドイッチを食べながら、瓶に入った水を飲む。夢中に食べていくと、あっという間に食べ終えてしまった。


「あーあ、終わっちゃった」

「ごちそうさまでした」


 クレハは残念そうに悲しい顔をして、イリスは無くなったサンドイッチに向かってお辞儀をした。食事が終わり、後は寝るだけだ。イリスに預かってもらった大きなリュックの中から毛布を取り出すと、三人でそれに包まれる。


「温かいですね」

「温かいなー」

「こんなに気持ちいい毛布に包まるのは初めて」

「孤児院の毛布はペラペラだったぞ」

「凄く薄かったのは覚えています」

「私もそんなんだったよ」


 三人ともここに来る前はいい暮らしをしていなかった。食べるもの、着るもの、住むところ、全てが最低限。孤児院がどれくらい厳しい環境だったかは分からないけれど、いい暮らしはしてこなかったみたいだ。


 だから、ちょっと聞いてみたくなった。


「ねぇ、孤児院での暮らしと今の暮らし、どっちがいい?」


 私は断然今の暮らしがいい。召使いの時は奴隷のように働かされていたから、自由になった今では天国にいるみたいだ。厳しい仕事もないし、殴りつける人もいない、私にとっては素晴らしい暮らしだ。


 でも、そんなことがなかった二人はそうは思っていないじゃないだろうか? そう思うと、ちょっとだけ不安になってきた。だから、聞いてみたくなった。


「んー、そうだな。ウチはどちらかというと、今のほうが好きだぞ。孤児院にいる時は好きな時に好きなことができなかったしな」

「やりたいこともできませんでしたしね。ただ寄せ集められて、なんとなく生きている感じでした。なんていうんでしょう、やりがいがなかったです」

「今は働かないと食べられないところが大変だけど、ウチは嫌いじゃないぞ。食べるために動くっていうのも案外楽しいしな!」

「大変なことはありますが、なんとなく生きていた孤児院の時よりは今の方が楽しいです」


 二人とも今の暮らしでも大丈夫だと言ってくれてホッとした。もし、嫌だと言われたらどうしようかと思ったね。そしたら、生活改善にもっともっと努力しないといけなくなるのかな。


「そういうノアはどうなんですか?」

「私は断然今の方がいいよ。前は奴隷のように働かされていたし、自由なんて殆どなかった。だから、自由になんでもできる今が好き。今が楽しいよ」

「そっか、ノアも楽しいか。ウチも楽しい!」

「ふふっ、私もです」


 大変なことはあるけれど、二人とも楽しく思ってくれて本当に良かった。突然、協力しないかって言われた時は驚いちゃったけど、今では協力して良かったって思う。


「二人に話しかけられて良かったよ。そうじゃかったら、今頃どうしていた分からない」

「私たちだってそうです。もしかしたら、お腹が空いて町に来られなかったかもしれません」

「町に来たとしても、何をしていいか分からなかったかもしれないぞ。ノアが色々と働きかけてくれたお陰で今日お金が稼げたわけだしな」


 三人が一緒にいたからお金を稼ぐ手段を手に入れられたし、こうして食事を取ることだってできる、毛布に包まることもできる。一人でいたらここまでできなかったもしれない、誰かがいてくれたからここまでできたんだと思う。


「明日からまた頑張ってお金を稼ごうね。そして、色んなものを買って生活を豊かにしていくの」

「ウチは肉が食べたい!」

「もう、クレハはそればっかり。私はその内家に住みたいです」

「そうだ、それだ! ウチも家に住みたい!」

「三人で家に住めるように頑張ってお金を貯めようか」


 そうだよ、家に住まないといけない。こんな路地で寝転ぶ生活をずっと続ける訳にはいかないから、いずれ家に住むだけのお金を稼がなくちゃいけないね。


「フカフカのベッドで寝たいですね」

「凄く気持ちよさそうだぞ」

「いいね、フカフカのベッド。お金を貯めて、家に住んで、フカフカのベッドで寝て、美味しいものを食べて」


 考えれば考えるだけ夢が広がっていく。あれが欲しい、これも欲しい。あーしたい、こーしたい。溢れてくる考えは、心を豊かにする。


「みんなで明日から頑張るぞ」

「はい、頑張りましょう」

「頑張るぞー」


 三人で話していると、心が落ち着いてきて眠たくなってきた。重たくなった瞼を閉じれば、すぐに夢の中だ。


 ◇


 翌朝、井戸に水を汲みに行った後に屋台で朝食を買って食べる、一日の始まりだ。


「荷物はイリスがよろしくね。肉も少ないし、毛布くらいしか入っていないけれど、大丈夫?」

「はい、私でも持ち運べる重さなので大丈夫ですよ。町にいる私が持っていたほうがいいですしね」

「イリス、頼んだぞ」


 肉の入っていたリュックに毛布を詰め込み、それをイリスに渡す。外に行く私やクレハが持てば邪魔になるから、町の中にいるイリスが持つことになっている。


「今日は一日働けるから、昨日よりも稼げると思う。無理はしないで欲しいけど、頑張って稼ごうね」

「もちろんだぞ! 毎日肉が食べたいから、ウチは頑張って魔物討伐で稼ぐぞ!」

「昨日よりも時間があるので稼げそうです。頑張って治療してお金を稼ぎますね」


 みんなで声を掛け合って気持ちを一つにする、今日も稼ぐぞ!


「昼食は持ったね、水も持った」

「ウチは武器も持った!」

「うん、大丈夫です」

「よし、行こう」

「おう!」

「はい!」


 イリスは町の中、私とクレハは町の外へと出かけていく。町での生活は始まったばかりだ、少しでも家に近づくためにしっかりと稼ぎに行こう。もちろん、自分のためじゃなくて二人のために!

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