8.初収入

 夕日で染まる通りを進んでいくと、目の前に商業ギルドが見えてきた。遅れないようにと急いで中へと入ると、終業前だからか人はそんなにいない。えーっと、素材買い取りは……あそこでいいのかな?


 空いている受付に並ぶと、お姉さんが対応してくれた。


「本日はどうしましたか?」

「素材の買い取りをお願いします」

「では、ギルド証と素材を出してください」


 お姉さんの言われた通りギルド証を出し、背負い袋から素材をごっそりとカウンターの上に置いた。その量を見てお姉さんは驚いた顔をする。


「凄いわね、これ今日一日分なの?」

「はい、採取は得意なので沢山採れました」

「得意なことがあるっていいわね。今からチェックをして、清算するから待っててね」


 お姉さんは採ってきた素材を一つずつ見分を始めた。


「うん、どれも適切に処理されているわ。ここまで丁寧に処理されているのはとても助かるわね」

「資料室で素材の採取の仕方の本を読んだので、その通りにしました」

「あら、そこまでしてくれたのね、助かるわ。あまり本を確認しない人もいて、適当に素材をむしってくる人が多いから大変なのよね」


 素材ってどこまでが素材なのか分かりずらいこともあるよね。私も資料を見なかったら、適当にむしっていたところだよ。


 しばらく待っていると検品が終わり、清算となった。


「合計で一万三百エルになるわ」

「そ、そんなに頂けるんですか!?」

「えぇ、もちろんよ。しかも、処理が良かったから少しだけ高く買い取らせてもらっているわ」


 たった半日で一万エル以上も稼げちゃった、これって凄くない? 余裕で三人分の一日の食費が賄える金額だよね、自分がこんなに稼げるなんて思ってもみなかったよ。


 しかも、初めての収入だ。召使いの時はどれだけ働いてもお給料なんて貰ったことがないから、実質これが初めて貰うお金になる。


「はい、ここに置いておくわね」


 受け皿みたいなところに銀貨と銅貨が置かれた。おお、初収入だ。震える手でお金を取ると、手のひらの上でじゃらじゃらと硬貨も震えた。


「どうしたの、そんなに震えて」

「初収入なので、嬉しくて」

「あら、そうなの。そろそろ商業ギルドが閉まるから、早く出ていってね」

「すいません、すぐに」


 背負い袋の中から硬貨を入れる袋を取ると、中に貰ったばかりの硬貨を入れる。なくさないように背負い袋の中に戻すと、足早に商業ギルドを後にした。


 商業ギルドを出ると、その場に立ち止まり大きく深呼吸をした。じわじわとこみ上げてくる嬉しさで顔がにやけてくる。初めての収入だ、こんなに嬉しいことはない。


 しかも、思ったよりも大きな金額を手にすることができた。この調子でどんどん素材を回収していったら、どんどんお金が溜まっていく。溜まったお金で色んな物を買うことができて、きっと生活向上していくに違いない。


 今は住む場所もなくて、その日生きていくだけの食べ物しか買えない。だけど、少しずつお金を貯めることで色んな物を買えて、生活が充実していく。


 私の目標は平穏無事に暮していくこと。奴隷のような召使いの生活を送ってから、それがどれだけ希少な幸せなのか思い知った。だから、そのために必要なことはやっていくつもりだ。


「よし、みんながいるところへ行こう」


 今日の集合場所は冒険者ギルドにしてある。きっと二人は待っているだろう、早く行かなくっちゃ。


 私は夕日に照らされた通りを走っていった。


 ◇


 通りを進んでいくと、冒険者ギルドが見えてきた。近づいていくと、壁に寄りかかっている二人を見つける。


「クレハ、イリス! おまたせ!」

「おお、遅いぞノア!」

「おかえりなさい!」


 名前を呼ぶと、二人はこちらを見て笑顔で出迎えてくれた。


「心配してたんだぞ。もしかしたら魔物に襲われているんじゃないかってイリスが」

「クレハだって、話を聞いたら動揺してたじゃないですか」

「あはは、遅くなってごめんね」


 言い合いを始めそうになるところをなだめて落ち着かせた。


「とにかく、今日はお疲れ様。早速、今日の成果を確認しようか」

「まず、ウチからでいいか?」


 クレハはポケットから袋を取り出すと、それを広げて中身を見せてくれた。


「ウチは二千百エル稼いだぞ!」

「凄いですね!」

「やったね、クレハ!」


 二人で褒めてあげると、クレハは満足げな笑みを浮かべた。


「へへっ、初討伐はちょっと怖かったけど、なんてことなかったさ! 私の凄い剣裁きを見せてあげたかったぜ!」


 そう言って、剣を振る素振りを見せた。そっか、初討伐を成功させたんだよね、クレハは凄いなぁ。すると、イリスも袋を取り出して中身を開いた。


「私は千八百エル、稼ぎました。とにかく、通り過ぎる人に手あたり次第に話しかけて、治療が必要な人に回復魔法を唱えました」


 イリスも頑張ったみたいだ。人からお金を頂く仕事だから、そう簡単にはいかないと思ったけど、しっかりと稼げたようで良かったな。


「中々足を止めてくれる人がいなくて大変だった時もありましたが、頑張って呼び込みしたお陰で稼ぐことができました」

「イリス、やったな!」

「大変な仕事だったけど、稼げて良かったね」

「はい!」


 二人でイリスを褒めると、イリスは明るい笑顔で答えてくれた。ということで、最後は私の発表になるね。


「私が稼いだ金額は……一万三百エルです!」

「えぇ、そんなに稼いだんですか!?」

「す、凄いじゃないかノア!」


 私が金額を伝えると、二人はとても驚いた様子で声を上げた。


「無理とかしてないですか?」

「ちょっと頭が痛かったかな」

「体とか平気か?」

「何度もしゃがんだから膝がちょっと痛いかな」

「回復魔法します?」

「そこまで必要ないから、大丈夫だよ」


 二人とも信じられない、といった表情をしてこちらを探ってきた。その後、しばらく無言だった二人。どうしたんだろうか、疑問に思っていると突然抱き着いてきた。


「凄いな、ノア!」

「やりましたね、ノア!」


 わっ、びっくりした。でも、悪い気はしない。こんなに喜んでもらえて、頑張ったかいがあったよ。


「ウチ、こんな金額じゃみんなを食わせられないってちょっと落ち込んでたんだ。でも、ノアが頑張ってくれたお陰で、みんなで美味しいもの食べれそうで安心した」

「私も、思ったよりも稼げなくて落ち込んでいたんです。生活するには足りないかも、と思っていたんですがノアが沢山稼いでくれて安心しました」


 そっか、二人とも不安だったり落ち込んだりしていたんだね。私が頑張ったから、二人が負い目を感じることな無くなって本当に良かった。


 抱き着いていた二人が離れると、笑顔を見せてくれる。


「ありがとな、ノア」

「ありがとうございます、ノア」

「ううん、二人がいるからこそ私は頑張れたんだよ。こちらこそ、一緒にいてくれてありがとう」


 気持ちがほんわかして温かくなる。三人でニコニコと笑い合うと、もっと嬉しくなる。みんなと一緒に行動できて本当に良かった、一人だったらどうなっていたか分からないよ。


 その時、クレハのお腹の虫が鳴り響いた。


「あ……へへっ、お腹すいちゃった」

「ふふ、私もです」

「じゃあ、夕食でも食べようか」


 もう日が沈みそうになっている、まだ明るさがある内に夕食を食べてしまいたい。そうだ、折角初収入なんだからちょっと奮発をしてもいいよね。


「ねぇ、今日の夕食は残った肉以外にも何か食べようか」

「わぁ、いいんですか? じゃあ、何を食べましょうか」

「ウチは肉があればいいぞ! 今日は沢山食べたい!」

「私はパンが食べたいです」

「私はチーズが食べたいなぁ。そしたら、パンとチーズを買って、挟めて食べようか」

「なんだか、美味そうだな」

「賛成です」

「じゃあ、買いに行こう!」


 私たちは通りを駆け出していった。

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