136.冬休み(1)
「起きろー!」
「うわー、寒いー!」
いつまでも布団から出てこないクレハの布団を勢いよく剥ぐ。突然の寒さにクレハは飛び起きた。
「うぅ、今日のノアは優しくないんだぞ」
「いつも優しいと思ったら大間違いだよ」
「ほら、クレハも一緒に着替えましょう。着替えの時は温かいですよ」
「うぅ」
寒そうにしている二人をクローゼットの前に移動させると、発熱の魔法で二人の周りを温かくする。すると、二人は気の緩んだ顔をして体の力を抜いた。
「起きる時はいつも大変ですが、この瞬間はいいですね」
「起きてからずっとこの瞬間が欲しいんだぞ」
「いつも温かくして起こしているでしょ」
「今日のノアは厳しいんだぞ」
「はいはい。早く着替える」
二人の着る服も発熱の魔法で温かくする。すると、二人はスムーズに着替えることが出来た。コートまで着込むと準備完了だ。
「さぁ、宿屋に行こうか」
「寝起きに外に行くのは辛いんだぞー」
「早く春になるといいですねー」
三人で固まって玄関の方に行き、扉を開いた。
「わぁ、雪が降ってる」
「結構降ってますね」
「おー、こんなに沢山の雪が!」
外に出ると雪がしんしんと降り積もっていた。夜中から降っていたのか、地面には何センチもの雪が降り積もっている。その地面に足を下ろすと足首まで雪に埋もれてしまった。
「結構降っていたんだね。今日は大雪になるのかな?」
「大雪ってなんですか?」
「沢山雪が降ることだよ。この様子だと止まなさそうだね」
「雪ってこんなに降るものなんだな」
空を見上げれば灰色の曇り空が広がっていて、そこから雪が止むことなく降り続いている。地面を歩くとギュッギュッと独特の音が聞こえてきた。
「わぁ、なんだか楽しいですね」
「こんなに沢山の雪を踏むのは初めてなんだぞ」
「結構積もっているから歩きづらいね。転ばないように宿屋まで行こうか」
雪は降り積もっていても歩けないほどではない。コートのフードを被って、宿屋に向かって歩きだした。その間も雪は降り積もり、フードや肩に雪が降り積もる。
そうしてやっと宿屋に着いた頃には、三人とも雪まみれになっていた。
「ぶはっ! 二人とも、頭や肩にいっぱい雪が乗っているんだぞ」
「クレハに積もっている雪はちょっと少ないですね」
「あんだけはしゃいで歩いていたんだもん、積もった雪も落ちたんだね。雪を取って、宿屋に入ろう」
お互いに積もった雪を振り払い、ブーツにくっ付いた雪を取ってから宿屋の中に入る。それから食堂の中に入ると、冒険者でごった返していた。
「わっ、こんなにいっぱいの冒険者、珍しい」
入口を閉めて驚いていると、ミレお姉さんがやってきた。
「こんな天気に来るの大変だったでしょ?」
「うん、いつもよりは大変だったけど……ミレお姉さん、これは?」
「ほら、こんな天気じゃない。魔物討伐をお休みする冒険者たちがいっぱいいるのよね」
そっか、こんな天気だから外で魔物討伐をするのが危険になるんだ。いつもは宿屋を出ている冒険者がここでたむろしているんだね。
でも、そのせいで座る席がないみたい。どうしようかと迷っていると、一つのテーブルにいた冒険者たちが立ち上がった。
「よぉ、クレハとイリス。お前ら朝食を食べに来たんだな」
「俺たちはもう終わったから、あの席に座れ」
「ありがとうございます」
「ありがとうなんだぞ!」
二人の顔見知りの冒険者なのか、席を譲ってくれた。
「じゃあ、今片づけちゃうわね。席に座って待ってて」
それを見ていたミレお姉さんはテーブルに乗っていた使用済みの食器を片づけて、食堂の奥へと消えていった。私たちはそれを見送ると、コートを脱いで空いた席に座る。
すると、近くにいた冒険者が話しかけてきた。
「お前らは今日、魔物討伐に行く気だったのか?」
「そのつもりで来たんだけど、いかない奴らの方が多いのか?」
「九割は休んでいるな。この天気で魔物討伐に行く奴はかなりの物好きだ」
「お前らはどうするんだ?」
「うーん、他の冒険者の人が休んでいるなら、休んだ方がいいような気がしてきました」
「そのほうがいいと思うぜ。無理をするほど切羽詰まってないだろう?」
どうやら他の冒険者はほとんど休んでいるみたいだ。それを聞いた二人も気持ちがそっちに流れているみたい。
「歩けないって訳じゃないか、戦闘ってなったら大変だろう? 足元が悪い状態で戦うなんて自殺行為だ」
「それにこの雪は根雪になる。わざわざ危険を犯すこったねぇよ」
「根雪ってなんですか?」
「春になるまで溶けない雪ってことだ」
「春にならないと雪が溶けないのか?」
「ひと月くらいはかかるだろうから、それまではのんびりと過ごすのがいいぞ」
どうやらこの雪は春にならないと溶けないらしい。それを聞いた二人は渋い顔をした。それを見ていた冒険者たちは笑って応えてくれる。
「まぁ、そんな顔をするな。もし、行きたいっていうなら行けばいい」
「こんな天気になっても魔物討伐をしている奴はいるけどな」
「でも、無理をしないのが一番だぞ。良く考えて決めるこったな」
魔物討伐に行けないこともないが、雪が積もっていて危険。そんな危険になったとしても行く冒険者はいる。二人はますます渋い顔をして悩んだ。
その時、ミレお姉さんが朝食を持ってやってきた。
「はい、おまたせ。何なに、話が聞こえていたけれど、この天気の中魔物討伐に行く気だったの?」
「そのつもりで来たんだけど、雪が積もっていたんだぞ」
「ここに来るまではやる気でした」
「止めた方がいいと思うわ。毎日魔物討伐をしなくちゃ生活できないって訳じゃないでしょ? 無理をしたら大きな怪我をしてしまうわ」
どうやらミレお姉さんも魔物討伐は反対派のようだ。心配そうな表情でこちらを見てきている。不安そうな顔をしていたイリスが口を開く。
「でも、そうしてしまうと森の魔物は増える一方です」
「まーね、討伐する人が少なくなるんだから結果的にそうなってしまうわね。森に魔物が溢れると、この開拓村を襲いかねない自体にもなる」
「だったら、討伐をしたほうがいいんじゃないか?」
「討伐をしてくれたほうがこの村のためにはなるけれど、それであなたたちが大きな怪我をしたら大変でしょう? ひと月程度なら魔物討伐を休んでも平気だと思うわ。まぁ、じっくり考えて」
ミレお姉さんはそれだけをいうと離れていった。残された私たちは顔を見合わせて考える。
「二人ともどうするの?」
「ノアはどう思いますか?」
「私? そうだなぁ、魔物討伐を止めたぐらいで生活が苦しくなることはないから安心して。無理に魔物討伐をしなくても大丈夫だよ」
「魔物討伐を休むと、魔物が溢れて村を襲うかもしれないんだぞ」
「確かにその危険性はあるね。でも、こんだけ毎日狩っていたんだから、しばらくは溢れないと思うよ。最近だって、森の奥にいかないと魔物が見つからなかったんでしょ? だったら、村の近くには魔物がいないってことだよ」
私の話を聞いた二人は難しい顔をする。村のことを考えると魔物討伐を続けたほうが分かるけど、足元が悪い時期に戦うのを躊躇する気持ちがあるみたいだ。
「二人ともまじめだね。少なくとも雪が降り続いているんだし、今日は止めたら? 今日一日止めても問題はないでしょ?」
「確かに、今日は雪が降り続いてますものね。この中で戦闘するのは大変そうです」
「まぁ、一日ぐらいなら大丈夫かな?」
「今日一日考えて決めればいいよ。こんな日でも魔物討伐に行く人はいるんだし、行こうと思えば行けるしね」
私が色々と話すと二人の表情が次第に明るくなってくる。どうやら、悩みは解決したようだ。
「はい、今日じっくり考えてみることにします」
「そうだな、今までだって休みの日があったんだから、大丈夫だな」
「うんうん、それでいいと思うよ。冷めないうちに朝食食べちゃおう」
とりあえず、今日は休むことに決めたらしい。そう決まると、急にお腹が減ってきた。三人で手を合わせて挨拶をすると、温かい朝食を食べ始める。
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