137.冬休み(2)

「お、いたいた」

「あれ、コルクさん?」


 宿屋で朝食を取っていると、珍しくコルクさんが食堂に入ってきた。コルクさんは私たちの姿を見つけると近づいてくる。


「雪が降って大変だな。それで、今後の畑について話し合いに来たんだ。ここにくれば、ノアがいるって分かってたからな」

「確かにこの雪で畑仕事がしづらくなったと思う。今後の畑仕事はどうするの?」


 コルクさんは空いたイスに座って話し始めた。


「畑には雪が沢山積もっているだろう? もう、畑仕事は出来なさそうか?」

「いや、出来るよ。火魔法で雪を溶かせば、また種を植えられるから」

「沢山雪があるけれど大丈夫か? いつもはうっすらとした雪しか除去してなかったんだろう?」

「うん、大丈夫そう。だから、いつも通りに野菜作りとビート作りは出来そうだよ」


 雪を溶かせば畑仕事は出来る、そう伝えるとコルクさんはホッとした表情をした。


「それなら助かる。この雪で馬車は動かせなくなったから、野菜作りはこの村で消費できる程度でいいぞ」

「そっか、馬車が動かないから他の町に売りに行くことが出来なくなっちゃうもんね」

「そういうことだ。だけど、ビートはいつも通りに作ってくれ。農家の人たちは自分の足でノアの畑に来るから大丈夫だ」

「この雪の中でも歩いてこれる?」

「時間はかかるだろうが大丈夫だ。砂糖作りが冬の仕事になっているからな、仕事のない農家の人たちは喜んでくると思うぞ」


 この雪で馬車は動かせない。だから、野菜はこの町だけで消化できる量でいいらしい。だけど、ビートは別の話みたい。農家の冬の仕事として重宝しているのが分かる。


 それなりに積もった雪の中を歩いてくるのは大変そうだけど、私が配り歩くわけにはいかないし、みんなには来てもらおう。


「とりあえず、明日はいつも通りにビートを作ってくれ。野菜作りは指示を出すから、指示があるまで作らないで欲しい」

「分かった。明日はいつも通りで、野菜作りは指示待ちだね」

「助かるよ。じゃあ、俺は作物所に戻る。何かあったら遠慮なく聞いてくれ、じゃあな」


 コルクさんは用事を話し終えると、食堂を出ていった。残された私は食べている途中だった朝食に手を付け始める。


「ノアもお仕事大変そうですね」

「そうでもないよ。家畜の世話だってできるし、時間をかけて夕食の準備も出来るしね。時間が余ったら錬金術師のお店に行くことだってあるからね」

「なんだかんだでやることがあるんだな」

「動いているのが普通になっちゃって、楽しく色んな事が出来ているよ」

「ウチも魔物討伐が生活の一部になったから、ないとなんだか寂しんだぞ」

「クレハも体動かすことが好きですものね」


 忙しくない程度の仕事をしている分には生活にメリハリがあってとってもいい。無理なく働けているから、やろうと思えば時間を作ってやることも出来る。


 そんな日常を暮していたから、何もない日が来たらきっと困ってしまうと思う。少し働いて、少し休んで……その繰り返しが一番のんびり出来ると思った。


 二人もずっと魔物討伐をしてきたから、突如休みになると何をしていいのか分からなくなっているみたい。事前に休む日が決まっている時は楽しそうなのに、今日はなんだかつまらなそうだ。


「今日は私の仕事を手伝ってよ。って、言ってもそんなにないんだけどね」

「はい、もちろん手伝いますよ。なんでも言ってください」

「ウチは乳しぼりがやりたいぞ!」

「分かった、いいよー」


 お手伝いをお願いすると二人は喜んで声を上げてくれる。今日は暇な一日になりそうだな、それとも何かやることを作ったほうがいいのかな? それとも、何かをして遊ぶ? うーん、どうしよう。


「二人とも、何かやりたいことある?」

「そうですね……また一緒に料理が作ってみたいです」

「クッキーを作ろう!」

「料理とクッキーか了解。あと、出来ることはあるかな」


 三人で楽し気に会話をしながら今日の予定を決めていく。賑やかな食堂はみんな楽し気で一緒にいるだけで気分が良くなる。いつもより、のんびりとした空気を感じながら朝食を食べていった。


 ◇


 雪が降り積もる中、家に帰るとすぐに家畜の世話をする。今日は雪が降っているので放牧はなしだ、小屋の中を掃除して餌を与えた。それが終わると乳しぼりの時間だ。


 いつもは自分一人でやる作業だけど、今日は三人で順番に乳しぼりをする。はじめはイリスがやって、次はクレハ、最後に私だ。二人とも乳の感触を楽しみながら、乳しぼりをした。


「今日も沢山とれたよ。二人ともありがとう」

「乳しぼり楽しかったんだぞ」

「モモもスッキリしましたね」

「放牧はなしで今日は……あっ」


 そこでようやく気づいてしまった。放牧しないんじゃ、草を食べさせることが出来ない!


「しまったー……すっかり忘れてたよ。草を食べさせること」

「餌ならもうやったぞ?」

「あの餌は私たちにとっては肉のような役割で、草は私たちにとってパンのようなものなんだよね」

「ということは、モモはパンなしということですか。可哀そうです」


 まさかこんな自体になるなんて思いもしなかった。そうだよね、放牧をしないということはそういうことなんだよね。いつも放牧して草を食べさせていた弊害がー。


「だったら、モモにも草を食べさせた方がいいぞ。ノアが植物魔法で草を生やしてくれるんだよな、そしたらウチらが草を集めるぞ」

「そうですよ、時間はありますしそうしましょう」

「そうだね、二人とも協力してもらってもいい? もし、人手が足りなかったら分身魔法も使うし」

「大丈夫だぞ、どうせ暇していたところだしな」

「そうですよ、やりましょう」


 モモのために草を刈り取ることになった。もし、あれだったら分身魔法を使おうと思ったけど、二人がいらないっていうんだったらいいかな。


 雪が降る外に出ると、放牧スペースが雪で埋もれている。


「じゃあ、まず雪を溶かすね」


 全部のスペースを溶かすのは大変だから、一部のスペースだけ溶かすことにしよう。手を前に構えると、火魔法を発動させる。業火で雪を撫でると、触れた雪が蒸発していく。


「うわっ、煙が凄いぞ。もくもくだー」

「でも、ちょっと温かくて気持ちいいです」


 ブワッと白い水蒸気が辺りに広がって雪が解けていく。その水蒸気が時間をかけてなくなると、地面が見えた。これで植物魔法が使えるようになる。


 すぐに植物魔法を発動させると、地面が見えた部分から草がニョキニョキ生えてきた。十分に伸びた頃を見計らい、植物魔法を止める。


「おー、すぐに生えてきたぞ」

「あとは刈るだけですね」

「風魔法で切るから、切った草を回収してね」


 手を前に構えると風魔法を発動させる。風魔法は地面すれすれを飛び、伸びてきた草を次々と刈っていく。そして、全ての草を刈り終えると、地面にはこんもりと切られた草が溜まっていた。


「じゃあ、回収しましょうか」

「おー!」


 イリスとクレハが動き出し、地面に溜まった草を回収していく。私も二人と同じように地面に溜まった草をどんどん回収していく。


 三人で手分けをすると作業も早くなる。この季節には感じられない草の青臭い匂いを嗅ぎながら、草を回収し終えた。二人を見てみると、両手いっぱいの草が山積みになっている。


「結構取れたね」

「モモが喜びそうですね」

「さぁ、早くモモに上げよう!」


 牛舎の中に入ると、モモの視線がこちらに向く。いつもなら草を食べているからだろうか、物欲しそうな顔をしている。そのモモの餌場に山のような草を置くと、モモは嬉しそうに草を食べ始めた。


「しっかり食べてくださいね」

「あの餌だけじゃ足りないんだな、モモも大食いだ」

「クレハと一緒だね」


 美味しそうに草を食べるモモを見て、なんだか穏やかな気分になる。私たちはそのまま草を食べるモモを見ながらお喋りを続けた。

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