78.乾燥のお手伝い

 農家の人たちが本格的に小麦の収穫を始めた。今年の実りは平年並みで、去年の不作を上回る収穫になりそうだ。これでこの村や町に安定して小麦が配られることになりそうで良かった。


 農家の人たちが収穫で大変な時、私たちの小麦の収穫も多忙だった。なんてったって、三人しかいないんだから収穫はいつも大変だ。それでもこなしていけるのは、この村のためだという気持ちが強いからだ。


 毎日せっせと小麦を成長させてから収穫をする、その繰り返しだ。毎日が忙しいながらも充実した生活を送れたのは、三人でパンを作ったり食事を作ったり、普段出来ないことを一緒にやったから。


 私もいつも一人でやっていた作業が三人で出来ることになって、毎日がとても楽しかった。そんな楽しい日はあっという間に過ぎ去って、約束の一週間が経った。今日は小麦の納品最後の日だ。


「コルクさーん、小麦の納品に来たよー」


 作物所のお店に入り声を上げると、店の奥からコルクさんがやってきた。


「よし、重さを計るぞ」


 いつものように小麦の量を計り、精算をした。これで帰ろう、そんな時にコルクさんに呼び止められた。


「ノアに男爵様からお願いがあるみたいなんだ」

「私にお願い? なんだろう?」

「早く小麦を小麦粉に変えたくてな、小麦の乾燥を手伝って欲しいんだ」

「小麦の乾燥を? もちろん、いいよ」

「ありがとな。明日家に迎えが行くはずだから、家で待っていた欲しい」

「家に迎えが来るんだね、分かった」


 新しい仕事が舞い込んできた、今度は小麦の乾燥のお手伝いだそうだ。結構簡単な仕事だから、良く考えずに受けちゃったけど大丈夫だよね。


「ノアは忙しいな。こっちの仕事が終わったと思ったら、あっちの仕事も手伝わなくちゃいけないなんて」

「ノアはなんでも出来ますからね。他のみんなもつい頼っちゃうんですよ」

「そうだよなー、頼っちゃうよなー」


 新しい仕事の話を聞いて二人は分かったように何度も頷いた。魔法って便利だから、つい頼っちゃうよね、私も分かるよ。


「ノアが一人じゃなくて、もっと沢山いればいいんだけどな」

「流石にそれは無理じゃないかなー?」

「それも魔法でどうにか出来たりしてな」

「そうだったら、面白いね」


 私が増える魔法か、そういう魔法もあったら楽しそう。仕事を分担させれば、色んなことが出来そうだね。


 話はそれで終了して、私たちは家へと帰っていった。


 ◇


 翌日、私たちは宿屋で朝食を取り終えた。


「じゃあな、行ってくる」

「行ってきます」

「久しぶりの魔物討伐頑張ってね、いってらっしゃい」


 魔物討伐に向かう二人を見送った。二人と一緒に仕事をしたり、パンを作ったり、食事を用意したりして楽しかったな。また、何かがあった時にそんな風に過ごせたらいいよね。


 ちょっと寂しい気持ちになりつつも、私は家に帰っていった。家に帰ってからベッドメイクをしたり、洗浄魔法をかけて掃除をしたりして時間を潰した。


 何もやることがなくなり、ダイニングテーブルでボーッとしていると家の扉がノックされた。迎えの人が来た、私は駆け足で扉へと近づく。


「はーい」


 扉を開けるとそこには男爵様がいた。


「よう、元気にしてるか? 迎えに来てやったぞ」

「迎えって男爵様だったんですね」

「そうだぞ、驚いたみたいだな。じゃあ、行くからこっちにこい」


 外に出るとそこには一頭の馬がいた。私がその馬に近寄ると、後ろから手が伸びてきて持ち上げられる。


「ほら、馬に乗れ」

「え、馬に乗るの?」

「これが移動手段だからな。ほら、早くしろ」


 私は馬に跨ると、男爵様が馬に飛び乗った。


「よし、行くぞ」


 すぐに馬を走らせる。


「今回の仕事の内容を話すぞ。ノアは農家が刈り取った小麦に乾燥魔法をかける、それだけだ。ちなみに全部の小麦に乾燥魔法をかけなくてもいい、一部にかけていってほしい」

「それはどうして?」

「とりあえず、早く小麦粉が欲しいからだ。その分が確保されるくらいの量で十分だということだ。本当ならもっと期間をかけてじっくりと行う仕事なんだが、小麦粉が足りていないからな」


 すぐに必要な分だけの小麦粉が欲しかったんだ、なるほどね。それだったら全部の小麦を乾燥させなくてもいいし、乾燥させた後の仕事だって急には忙しくならない。


 男爵様は色々と考えてくれているんだな、流石だね。そんな男爵様の期待に答えられるように、私も頑張らないとね。


 ◇


 馬でかけること数十分、農地が広がるところに来た。辺りを見渡すと小麦はまだ刈っている途中なのか、小麦色した小麦畑がまだ広がっている。のどかでいい景色だ、出来ることならこの景色をずっと見ていたい。


 周りの景色を楽しみながら進んでいくと、一軒目の農家の家にやってきた。そこでは家の前で大きな布を広げた上に大量の小麦が乗せてあった。その近くに小さな子供が一人ボーッとしながら待っている。


「よう、待ったか?」

「あ、男爵様! この小麦がそうだって」

「そうか、ありがとう。ノア、この小麦の山に乾燥魔法をかけてくれ」

「分かりました」


 それだけで話が通じたことに驚きつつも、男爵様の言葉に答えた。えっと、このまま馬上の上から魔法をかけるのでいいのかな? 私は集中して魔力を高めると、乾燥魔法を小麦の山にかけた。


「わー、小麦があっという間に乾燥しちゃった!」

「坊主どうだ?」

「うん、小麦を見てみたけれど、この小麦で問題ないよ!」

「流石だ、農家の息子はしっかりと見分けがつくんだな。では、早めに脱穀をして納品してくれと伝えてくれ」

「分かった、父ちゃんに伝えておくよ。男爵様、バイバーイ!」


 乾燥はすぐに終わり、男爵様は馬を走らせた。


「乾燥があっという間に終わったのには驚いたぞ。普通は一週間か十日くらい天日干しをしないといけないんだがな」

「そんなに時間がかかるものなんですね。でも、乾燥魔法だと数分で出来ます」

「この仕事をノアに依頼して本当に良かった。これで早く小麦粉が流通するようになるだろう」


 そっか、この村の小麦粉が不足しているということは、他の町でも小麦粉が不足しているっていうことだよね。そういうことなら、早く流通させたほうが混乱もないだろう。


 男爵様は馬を走らせていくと、二軒目の農家の家が見えてきた。そこも大きな布の上に小麦を置いている。だけど、先ほどと違うところは農家の人たちがその傍で待っていたことだ。すでに脱穀機を用意して、その場で待機していた。


 男爵様がその農家の人たちに近づくと、農家の人たちは一斉にお辞儀をした。


「ようこそ、男爵様」

「うむ、待たせたな。ほら、ノアも見たことある顔がいるだろう?」

「あ、いつも手伝いに来てくれるおじさんだ!」

「ノアちゃん、ようそこ我が家へ。ノアちゃんが乾燥魔法をかけてくれるって聞いたから、待っていたんだよ」


 そこには見慣れた姿がいて、なんだか胸がホッとした。


「それじゃあ、ノア。乾燥魔法を頼む」

「任せてください」


 小麦に手を向けると、魔力を解放して乾燥魔法をかける。小麦全体が枯れていくのを感じると、乾燥魔法をストップさせた。


「終わりました」

「うむ、確認してくれ」

「はい」


 男爵様が指示を出すと、農家の人は小麦を確認した。手で実を掴み、まじまじと見つめると、表情が明るくなる。


「はい、確かに乾燥しています。これならすぐに脱穀することが出来ます」

「そうか、それは良かった。乾燥が終わった小麦を早く小麦を納品してくて、頼んだぞ」

「お任せください」

「では、失礼する」

「おじさん、さようならー」

「またね、ノアちゃん」


 乾燥が終わると、私たちはすぐにその場を後にした。展開が早いけれど、それだけ男爵様は急いでいるということなのだろう。私も遅れないようにしないと。


「この調子でどんどん乾燥させてくれ」

「分かりました」


 男爵様は馬を走らせ、私は乾燥魔法を使って小麦を乾燥させる。その作業が一日中続いた。

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