108.冬のはじまり(2)

「モモー、おはよう」


 家に帰ってくると、家畜小屋に直行した。牛舎を開けて中を見ると、モモが立ちながらこっちを見つめてくる。


「モー」

「お腹空いたよね、餌をあげるからちょっと待っててね」


 牛舎の隅に行って木箱を開ける。この木箱はマジックバッグ化をしていて、沢山の物がしまえるようになったし、時間停止もついていて餌はいつでも新鮮なままだ。


 その中から袋を取り出すと、それを持ってモモの餌場に近づく。


「たんとお食べー」


 とうもろこし、大豆、麦が合わさった餌を餌場へと入れる。すると、モモはすぐに近づいてきて、舌で絡めとって餌を食べ始めた。その間に水場の水も入れ替えておく。


「うんうん、今日も元気でいいね。後でブラッシングしてあげるから、ちゃんと餌を食べるんだよ」


 もりもり食べるモモは最近食欲がある。この分だと、乳が出るのも時間の問題になるだろう。牛乳が手に入ったら、まず何を作ろうか? そのことを考えるととても楽しい気分になる。


 餌の入った袋を戻し、今度は鶏の餌の袋を取る。とうもろこし、大豆、麦が入った袋に最近作った色々な野菜をみじん切りにして混ぜ合わせた餌袋だ。両方の袋を持つと、牛舎を出ていく。


 隣にある、鶏小屋に行くと元気のいい声が聞こえた。


「コッコッコッ」

「ココ、ルル、テテ、おはよう。餌を持ってきたよー」


 餌を鶏小屋の外に一旦置いておいて、外に置いておいた箒とチリトリを持って鶏小屋に入る。


「お掃除するから、一旦出てね」


 鶏小屋の中に三羽を追い立てて外へと逃がす。それから、鶏の巣の中を確認する。うん、まだ卵は生んでいないね。でも、鶏たちも元気になっているから、そろそろ卵を生んでくれると思う。もう少し待ってみよう。


 それから、鶏小屋の糞を箒とチリトリで掃除をした。次は餌場に餌を入れないと、そう思って鶏小屋の外に出てみると、鶏たちが餌の入った袋を突いていた。


「コッコッコッ」

「あー、ごめんね。今、用意するからね」


 袋を回収すると、餌場に二種類の餌を入れて混ぜ合わせる。うん、これで良し。


「さぁ、餌が用意出来たよー」


 餌を察知した鶏たちが鶏小屋の中に入ると、一心不乱に餌を突き始めた。美味しそうに食べている姿を見て、元気になって良かったな、と心から思った。


 それから糞の入ったチリトリを小屋の後ろにある穴に貯めて、箒とチリトリを元の場所に戻す。小屋の扉は開けておいて、放牧スペースにいつでも入れるようにした。


 次は牛舎の掃除だ。牛舎の中に戻ると、すでに餌を食べ終えていたモモはこちらを見てアピールをした。


「モー」

「先に掃除をするね」


 閂を取ってモモを隣のスペースに入れると、スコップとバケツを持って牛舎の中の糞をスコップで回収してバケツの中に入れる。全てを綺麗にし終えると、小屋の後ろにある穴に糞を入れておく。そろそろ溜まってきたし、家庭菜園にでも撒いておくかな。


 再び牛舎に戻り、スコップとバケツを定位置に戻す。次はモモのブラッシングだ。壁にかけておいた大きなブラシを手にすると、モモに近寄ってブラシをチラつかせる。


「モモが大好きなブラッシングだよー」

「モー」


 ブラシを見て、何をしてくれるのか分かったのか嬉しそうに鳴いてくれた。すると、モモはその場に座ってブラッシング体勢に入る。こうすることで背中のてっぺんまでブラッシングをやってくれると学習したみたいだ。


「じゃあ、ブラッシングするね」


 大きなブラシを持ち、モモの体をブラッシングする。力を入れて上から下にブラシを移動させる。それを体全体に丁寧に施していく。


「モモ、気持ちいい?」

「モー」

「そうかそうか、良かった」


 モモが気持ちよさそうに鳴いた。それが私も嬉しくて、ブラッシングする手を忙しそうに動かしていく。そうして、丁寧に施したブラッシングが終わった。体を叩いて合図を送る。


「モモ、終わったよー」


 すると、それに気づいたモモがゆっくりと立ち上がり、牛舎小屋を出て放牧スペースに移動していった。ブラシを定位置に戻した後、私もモモの後を追う。


 放牧スペースは冬になり草が枯れてしまっていて何も生えていない。その地面を見つめたモモは私の方に振り向いた。


「モー」

「分かってるって、草が欲しいのね」


 モモが草を催促した。私はすぐに地面に手を置くと、魔力を高めて植物魔法を発動させる。すると、地面から青々とした草が生え、枯れ果てていた地面に沢山の草が生えそろった。


 その草を見たモモは舌で草を絡めとり、食べ始める。冬に草が生えないので、毎日モモの餌のために植物魔法を使っている。おかげで、夏や秋に草を刈り取って保存しなくてもいいから、その分他の酪農家よりは楽に仕事が出来ている。


 冬の季節に青々とした草が生え、そこで牛が草を食べているミスマッチな光景、それも見慣れてしまった。冬でも広がるのどかな光景に心を和ませながら、大きく背伸びをした。


「さてと、準備をしたらエルモさんのお店に行こう」


 放牧スペースから出ると、家へと向かっていった。


 ◇


 家で準備を済ませると、真っすぐにエルモさんのお店に向かった。いつものようにドアノッカーを叩いて、声を上げる。


「エルモさん、おはよう!」


 そのまま待っていると、扉が開く。


「ノアちゃん、おはようございます。さぁ、中に入ってください」


 エルモさんが現れて、お店の中に入れてくれる。お店の中に入ると、フワッと温かい空気に包まれた。


「ふー、温かい」

「外は寒かったですよね。お店の中で温まってください」

「うん、ありがとう」


 コートを脱いでカウンターに置くと、席に座る。


「今、温かい紅茶を入れますね」

「いつもありがとう」

「いえいえ、大事なお客さんですから」


 そういうとエルモさんはお店の奥へと消えていった。一人待たされた私は、温かい空気に包まれながらエルモさんが戻ってくるのを待った。


 しばらくすると、エルモさんが紅茶を持って現れた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 受け取ったカップから紅茶のいい匂いがする。その空気を吸って心を落ち着かせると、カップを持って一口飲む。香ばしくて温かい紅茶が体に染み渡っていく。


「ふー、ほっこりするね」

「しますねー」


 二人で紅茶を飲みながらほっこりする。紅茶を飲んではホッとしてを繰り返した後に紅茶をカウンターの上に置いた。


「それでは、錬金術の魔法を習得しましょうか」

「お願いします」

「今日はそうですね……発熱の魔法を習得しましょうか。この季節には重宝する魔法ですよ」


 発熱の魔法か……聞いた感じだと熱を発生させる魔法みたい。寒い季節だから丁度いい魔法になるね。


 すると、エルモさんがコップ一杯の水を用意してカウンターの上に置いた。


「このコップに入っている水を発熱の魔法でお湯に変えましょう。まず、見本を見せますね」

「うん」

「やり方は二通り、コップを手で包み込むか水に直接指をつけるか、どちらかですね。やりやすい方を選んでください。次に魔力を高めて、その魔力を熱に変換しましょう」


 なるほど、発熱の魔法は魔力を熱に変換することで出来る魔法なんだ。魔力を熱に変えるのか、出来るかな?


「意識を集中して、魔力を感じて、その魔力を熱に変換するイメージをします。イメージが大切ですからね、しっかりと熱のイメージをして魔力を変換させてください」


 エルモさんはコップを手で包み込む。エルモさんから魔力の高まりを感じると、それがコップを握る手に集中した。発熱の魔力を感じ取って、その感覚を体に刻む。


 しばらく、そのままの体勢で見守る。すると、フッと魔力の高まりが消えて、発熱の魔力の気配が消えた。


「これで水が温かくなりました。触ってみてください」


 言われた通りにコップの中の水を触ってみると、温かいお湯に変化していた。


「本当だ、お湯に変わってる」

「これが発熱の魔法です。まずは発熱の魔力を感じ取るところから始めましょう。私の手を握ってください」


 差し出された両手に自分の手を重ねると、その手をエルモさんが優しく握る。


「それじゃあ、やりますよ」

「うん」


 温かいお店の中で静かな授業が始まった。

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