60.パジャマを注文しよう

 眩しい朝日が差し込んできた。それで意識が浮上してくると、体の感触がいつもとは違うことに気づく。何だろうと目を開けると、どうやら自分はベッドの上で寝ているみたいだ。


 前世を思い出すような感触に夢かと思って、二度寝をしよう寝返りをうつ。すると、薄目を開けた先にクレハの顔が見えて、やっぱり現実なのかと思う。


 はっきりとしない頭で思い出す、そうだ昨日から新しいベッドの上で寝ることになったんだ。体を起き上がらせてベッドに手をつくと、心地よい感触が手に伝わってきた。


「夢じゃないんだ」


 この感触は夢ではない。もう一度寝っ転がって布団の感触を確かめる。暑くて掛け布団は蹴とばしてしまったけど、敷布団は固すぎず柔らかすぎずの感触でやっぱり気持ちがいい。


「ようやく、ベッドで寝れたんだね」


 頭の中がはっきりとしてくると、次第に嬉しさが込み上がってきた。


「ふふっ」


 訳もなく笑ってしまう、それだけ嬉しいという証拠だ。寝返りをうつと、今度はイリスの姿が見える。とても寝相がいいのか、真っすぐになって寝ていた。


 反対側を向くとクレハが寝ている。こちらは体を曲げながら寝ている、寝相が悪い。でも、二人とも気持ちよさそうに寝ていて良かった。


 まだ、寝ていたいけどもう起きる時間だ。なんとか体を起こして、背伸びをする。それからベッドの端に座り、靴を履く。なんだが妙な気分になる。多分、着替えていないのが違和感として感じているんだろう。


 前世を思い出すような気持ちのいいベッド。前世の感覚が体に戻ってくると、何かが足りないような気がした。なんだろう? 腕を組んで考えてみると、すぐに思いついた。


「そうか、パジャマだ」


 私たちは着たきり雀になっているから、余計に違和感を感じるんだ。前世では寝るときはパジャマに着替えていてベッドに入っていた。だけど、今はパジャマは作っていない。枯草の上にシーツを敷いただけの場所じゃパジャマでは寝れなかったからね。


 ということは、これはパジャマを作る絶好の機会だ。いい生活はいい睡眠から、いい睡眠を取るためにもパジャマは必須だよね。


 ◇


 二人を起こして、宿屋の食堂までやってきた。


「ねぇ、二人とも。足りないものがあることに気づいたの」

「足りないものなら色々ありますが、なんですか?」

「分かった、肉の貯蔵庫だな」

「違うよ。今日寝て気づいたんだけど、パジャマが必要だと思わない」

「あー、確かにそうですね。ずっと同じ服のまま寝てました」

「ノアが洗浄魔法かけてくれるから汚れてないぞ」


 今までは半分外みたいな石の家で寝泊りしていたから良かったけど、今は完全に家の中で寝ている。ということは、この服をずっと着てなくてもいい、ということになる。


「孤児院の時はどうだった?」

「寝る時は違う衣服を纏ってましたね。一枚で羽織れる感じの衣服でした」

「みんな同じだったよな。ちょっとヒラヒラしてて寝づらかったけど、窮屈な思いはしなかったな」

「そうなの、今のままの服で寝ていたら窮屈だと思うんだよね。だから、もっと楽になるためにパジャマを作らない?」


 普段使いの服は体に合わせてぴったりで、普通の生活を送る時は丁度いい。だけど、寝るとなれば話は別だ。寝る時はもっと緩めの服が欲しくなる。


「そうですね、パジャマを新しく作りましょうか」

「自分の好きな形に出来るのか?」

「もちろん、それじゃあこれを食べ終わったら仕立屋に行こうか。二人とも、魔物討伐はどうする?」

「遅れていっても問題ありません」


 朝食を食べ終えた後、仕立屋に行くことになった。そんな私たちの会話を聞いていたミレお姉さんが近づいてくる。


「何々? 何か仕立ててくるの?」

「はい、パジャマを作ってこようと思います」

「昨日から家の中で寝泊りできるようになったから、このままの服で寝たくないなーっと思って」

「あら、とうとう家の中で寝泊りするようになったのね、おめでとう! 確かに、洗浄魔法があるからと言ってそのままの服で寝るのは窮屈よね」


 強く頷いたミレお姉さん、やっぱりそう思うよね。


「パジャマだったら季節ごとに一着あればいい感じよ」

「今だったら夏用のパジャマっていうことだよね」

「そういうこと、快適な睡眠を取れると翌日の動きが全然違ってくるわ。自分に合ったいいパジャマを仕立ててくるのよ」

「うん、ありがとう」


 季節ごとに一着か、確かにそれくらいはあったほうがいいかもしれない。ミレお姉さんが言った通りに快適な睡眠を取ると、翌日の体の調子も良くなるだろう。魔物討伐をしている二人には元気に行って無事に帰ってきて欲しいしね。


 ◇


 宿屋でゆっくりと朝食を取った後、仕立屋に行った。でも、まだ早かったのかお店は開いていなかった。しばらく店の前で喋りながら時間を潰していると、店の扉が開く。


「話し声が聞こえると思ったら、あなたたちだったのね」

「クレアさん、おはよう! もう、店開くの?」

「えぇ、開くわよ。中に入ってらっしゃい」


 クレアさんが中へ促すと私たちは入っていく。店一杯に並べられた生地を見ながら、店の奥まで行った。


「それで、今日は何を仕立てに来たの?」

「今日はパジャマを仕立てに来たの」

「へぇ、パジャマねぇ。どういう風の吹き回し?」

「とうとう、家が完成して家の中で生活が出来るようになったの。そこでベッドの上で寝るだったら、パジャマがいいんじゃないかって話していたんだ」

「確かに、ベッドの上で寝るんだったらパジャマのほうがいいわ」


 この服のままベッドで寝るなんて窮屈だもんね。クレアさんも全面同意をするように深く頷いた。


「どんなパジャマを仕立てたい?」

「夏用のパジャマを仕立てようかなって思っているの」

「それなら、ついでに秋用のパジャマも仕立てたほうがいいわ。そろそろ、夏も後半になっていたしね」

「そっかー、なら秋用も仕立てちゃおうかな」


 長い夏と思っていたけど、もう夏も後半に入っているんだよね。次の季節のことも考えないといけないから、ここはクレアさんのいう通りに秋用も仕立てておこう。


「採寸は夏服を作った時に記録が残っているから、それを使って作るわ。後は、パジャマの形をどうするかね。何か決めてきた?」

「私は上下離れた形で、下はズボンでお願い」

「それいいな、ウチもノアと一緒で!」

「私はワンピースの形をお願いします」

「了解。ノアとクレハは同じで、イリスはワンピースね」


 私たちが答えた注文をクレアさんが書きとっていく。


「じゃあ、色とか柄とかはこっちのオススメでいいのね」

「うん、いいよ」

「問題ないぞ」

「クレアさんたちのセンスがいいから、任せっきりになっちゃいますが」

「いいのよ、任せちゃって。そのほうが仕事のしがいがあるわ」


 こんなに沢山の生地の中から一つを選ぶのが本当に大変だ。それに自分にセンスがなかったら絶望的なものに仕上がってしまう。だから、ここは専門職の人に任せるのが吉だよね。


「夏用と秋用、同時に渡す? それとも夏用のがすぐに欲しい?」

「どうするんだ?」

「そうですねぇ、出来れば早くパジャマが欲しいです」

「なら、夏用だけ先に取りに来るよ」

「分かったわ、夏用のを先に作っておくわね」


 やっぱりベッドで日中着ている服で寝るのは違和感があるよね。私も早くパジャマを着てベッドで寝たいな。


「はい、注文は完了ね。代金は仕上がった時に支払ってもらうわね」

「うん、お願いします」

「それじゃあ、行きましょうか」

「さーて、魔物討伐頑張るぞー!」


 注文が終わり、私たちは仕立屋を出ていった。そこで私と二人は別れ、それぞれの目的地へ向かっていった。


 私が次にしなくちゃいけないのは、新居を整えることだ。必要なものを買ってこよう。

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