209.海水浴(4)
「お腹空いたー!」
「おっ、丁度いいところに来たな」
食堂の扉を豪快に開いて入ったクレハ。対面式の厨房にいたエリックお兄ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「ウチの腹時計はピッタリなんだぞ!」
「それは自慢することなんですか?」
「まぁ、分かりやすくていいよね」
そんなことを言いながら、私たちは席に着いた。
「そういえば、ハインさんとガイルさんはどこに行ったの?」
「親父とおふくろは畑の仕事と漁に出ているぞ。客が来ないと思っていた夏に客が来たんだからな、張り切って食材を取りに行っている」
「夏はあんまりお客さん来ないの?」
「ここに来る客っていったら魚を買い付ける商人なんだ。夏に魚を運搬すると町に着くまでに暑さで悪くなっちゃうからな。だから、夏に来る客はほとんどいないんだ」
へー、そういうものなんだ。じゃあ、この宿屋は貸し切りってことかな? いつもの宿屋の食堂に比べると静かだから、ちょっと寂しいな。
「そんなことより腹減ったー。昼食をくれー」
「そうだったな。もうできているぞ」
テーブルにぐったりと上半身を乗せるクレハの腹の音が鳴る。エリックお兄ちゃんはそれを笑いながら見ると、皿を持ってこちらにやってきた。
「おまたせ! ここで良く作られている、昼食の定番だ。ポルカっていうんだ」
皿に乗ってきたのは、薄い半円のパン生地の中に魚や野菜がぎっちりと入ったタコスみたいな食べ物だった。
「ここではポルカっていうその薄いパン生地の中に色んな物を詰め込んで食べるのがポヒュラーなんだ。それぞれの家庭で作り方は違ってくるのが面白いところだな。ウチは飽きないように色んな種類を作っている」
「今日はどんな種類なの?」
「今日は魚醤とバターを絡めた奴と香辛料がふりかかった奴だ」
その地方の食べ物があるのって素敵だよね、旅をしたかいがあったってものだよ。
「そのままガブリって噛みついて食べてくれ」
「「「いただきまーす」」」
ポルカを掴むと、言った通りにかぶりつく。パン生地を過ぎると、シャキシャキとした野菜とソースが口の中に入ってきた。もっと噛むと、ソースの絡んだ魚の身に辿り着く。
口の中で噛むと、色んな形をした野菜の食感がとても楽しい。それに味わい深い魚の身がメイン食材だと主張してきて、存在感を見失わない。
「色んな食感が楽しめるね!」
「めちゃくちゃ食べやすくていいな!」
「とってもバランスがいいです!」
「で、美味しいのか?」
「「「美味しい!」」」
食べてて楽しいのは珍しいかもしれない。夢中で食べ進めると、酸味を感じた。これはレモンが隠し味で入っている? あ、そうだ!
「エリックお兄ちゃん、お願いがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「ここってレモンが採れるんだよね? 昨日も今日もレモンが出ていたからさ」
「おう、そうだよ」
「そのレモンを私に売ってくれない? ちょっと作りたいものがあるんだよね」
「レモンで作りたいもの? まぁ、いいよ。沢山あるから格安で売ってやる。今、準備してくるな」
やった、レモンをゲットできそうだ。エリックお兄ちゃんは厨房の奥へと引っ込んでいった。
「なぁなぁ、何を作るんだ?」
「甘酸っぱい飲み物を作ろうと思っているの。ほら、海で遊んでいると飲み物とか欲しくなるでしょ?」
「あー、そうですね。午前中も遊んでいると飲み物が欲しくなってきました」
「それに今回は炭酸っていう飲み物を体験して欲しいんだ」
「「炭酸?」」
聞いたこともない言葉に二人は不思議そうな顔をした。
「シュワシュワした泡が水の中にあるんだよ」
「泡が水の中に? なんだか、面白そうだな」
「どんな飲み心地なんでしょう、とても気になります」
「作ってみるから、飲んでみてよ」
二人とも炭酸に興味津々だ。早く作って飲ませたいな、そう思いながらポルカを食べ進める。それにしても、食べやすいからってクレハが物凄い勢いで食べてる……すごい。
「ほら、レモン持ってきてやったぞ。これくらいでいいか?」
すると、エリックお兄ちゃんが戻ってきた。ザルいっぱいのレモンを持ってきてくれた。どれも色艶がいいし、とても美味しそうだ。
「うん、大丈夫。はい、代金」
「おう! それで、これで何を作るんだ? これがメイン食材ってことになるんだよな。レモンがメイン食材にすることがなくて、どんなものが作られるか楽しみだ」
「飲み物を作るんだよ」
「へー、レモンで飲み物か。さっぱりしてて美味しそうだな。でも、酸っぱいぞ」
「ふっふっふっ、大量の砂糖を使うんだよ」
「何!? 砂糖を大量に持っているのか!」
やっぱり砂糖は希少のようだ、エリックお兄ちゃんが大量の砂糖に反応している。
「いいなー、砂糖。高いからあんまり買えないんだよな。砂糖があれば、料理に色々使えるから欲しいんだがな」
砂糖があれば料理の幅は広がると思う。もしかして、エリックお兄ちゃんに砂糖を渡せば美味しい料理が食べられるようになる? それは捨てがたい……地方の料理とか教えてもらいたいし。
「ねぇ、エリックお兄ちゃんに相談なんだけど。砂糖を渡すから、私にこの地方の料理を教えてくれない?」
「この地方の料理か? それはいいが……でも、砂糖なんて高い物そう簡単に貰えないぞ」
「エリックお兄ちゃんが作る料理は私たちが食べるんだよね。料理が美味しくなれば私たちは得をすると思うの。だから、気にしないで砂糖を受け取って欲しいな」
「そうか、お前たちが食べる分の料理に使う砂糖なら受け取りたいな。俺は砂糖を使った料理が作れて、お前たちはその料理を食べれるし、ノアは料理を習える……うん、いいな!」
交渉成立だ。これでさらに食事は美味しくなるし、私のレパートリーは増えるし、いいこと尽くめだね。ポルカを全部食べ終わると、早速リュックから砂糖を取り出す。
「白い砂糖? 普通、砂糖は茶色いものじゃないか?」
「これは特別な砂糖だよ。茶色い砂糖よりも美味しいと思う」
「そうなのか。じゃあ、使わせてもらうよ」
もし、この価値を知ったらエリックお兄ちゃんは砂糖を使えなくなると思う。だから、価値は教えないでおこう。
「ぷはー、ごちそうさま! エリック兄ちゃん、美味しかったぜ!」
「はい、ポルカ気に入りました」
「お、そうか! これからいろんなバリエーションのポルカを作ってやるからな」
「時々、違う料理も出してね」
「もちろんだ。この宿屋に泊っている間は食事を飽きさせることなんてしないぜ。期待しててくれよな!」
この宿屋にいる時の料理がさらに楽しみになってきた。ここにいる時は沢山魚料理を食べるぞー!
さて、じゃあ私はレモンシロップづくりでもしますか。リュックの中からまな板と包丁と瓶を取り出し、テーブルの上に置く。レモンの皮むきをしてから、まな板の上に置いて輪切りにしていく。
「へー、それが飲み物になるのか。でも、それ酸っぱくないか?」
「大丈夫。砂糖をいっぱい使うから甘くなるよ」
「酸っぱくて甘い……どんな味になるんでしょうか」
二人が見守っている中、レモンを全て輪切りにした。そのレモンと砂糖を交互になるように、瓶の中に詰める。全て詰め終えたら、蓋をして時空間魔法の時間加速を使う。
すると、みるみるうちに砂糖が溶けだし、溶けた砂糖にレモンの汁が混ざっていく。そして、あっという間にレモンシロップが完成した。
「できた! これを炭酸と一緒に割れば、レモンスカッシュになるんだよ」
「楽しみだな、早く飲みたいぞ!」
「飲みためには喉を渇かさないといけませんね」
「じゃあ、早く海に遊びに行こうぜ!」
「うん、そうだね」
私は道具を洗浄して洗ってしまい、向いたレモンの皮をエリックお兄ちゃんに処分してもらった。
「じゃあ、エリックお兄ちゃん、行ってきまーす!」
「楽しんで来いよ!」
私たちは元気に食堂を飛び出していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アマゾン二巻のページにて一部のカラーイラスト(水着)が下部の方に公開されています。興味のある方は是非検索して見て頂けると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます