210.海水浴(5)

 また海に戻ってきた私たちは泳ぎ始めた。二人は浮き輪を使って上手に泳げるようになって、とても気持ちが良さそうだ。暑い日差しが照り付ける中での海水浴は格別に気持ちがいい。


 自分も浮き輪を出して浮かんでいようかな……そう思い始めた時、砂浜に人影が見えた。そちらの方を向くと、子供たちが物珍しそうにパラソルを見ているところだ。


 まぁ、こんなものが刺さってたら驚いちゃうよね。私は海から上がり、その子供たちに近寄った。


「こんにちは。もしかして、はじめまして?」

「……あっ! この村に来た宿屋の客って君たちのこと?」

「そうだよ、私はノアっていうんだ。よろしくね……って、昨日のトールとケイオスもいるね」

「早速遊んでいるみたいだな」

「よお、昨日ぶりだな」


 その子供たちの集団には初めての子と昨日見かけた子が混じっていた。


「さっき働いていた時に聞いたんだよね、この村に遊びに来た子供たちがいるって。へー、こんなところで遊んでいたんだ」

「うん、海に来たくてやってきたんだ」

「えー、ただの海だよ。そんなにいいものかな?」

「私たちの所には海も川もないから、とっても珍しい物なんだよ」


 海が身近にある子にとって珍しくないかもだけど、内陸から来た私たちには十分に珍しいものだ。子供たちと話していると、海側から声が上がった。


「トールじゃないか!」

「よぉ、クレハ!」


 海から上がったクレハはトールの姿を見かけると嬉しそうに近寄って、ハイタッチをした。それに続いて、イリスも砂浜に上がってくる。


「あ、昨日のトール。あ、ケイオスもいるんですね、こんにちは」

「なっ……髪がっ」

「あぁ、ノアに結ってもらったんです。似合ってますか?」

「に、にあ……お、おう」


 おやおや、イリスの変わった髪型を見て戸惑っている様子だ。どうだ、私たちのイリスは可愛いだろう。なんだか、ちょっと誇らしい感じだ。


「それにしても、お前らは何を持っているんだ?」

「これは浮き輪っていうんだ。これを使って海で浮かんでたんだぞ」

「なんだこれ、面白い感触だな」

「えー、私も触らせてー」

「僕もー」


 トールが不思議そうに浮き輪を指さした。多分この世界にはない素材で作られているから、珍しい物だと思う。他の子供たちと一緒になって浮き輪を突いている。


「ケイオスも触ってみますか?」

「えっ、お……おう」


 イリスに言われて、ドキマギしながらケイオスはイリスの浮き輪を突いてみる。正直、浮き輪の感触を楽しみよりはイリスとの距離に戸惑っている様子だ。


「こんなものを使ってまで海で泳ぎたいのか」

「ウチらにとっては珍しいんだぞ」

「そうだったな。今日はあいにく泳ぐ格好をしてないから、海では一緒に遊べないな」

「それは残念だぞ。一緒に泳いだりしたかったな」

「私らは泳ぐことも潜ることも得意だから、お前らに教えることも出来るぞ。子供らを集めてみんなで遊ぼうか」

「それ、いいな!」


 海の子らと遊べるようになったらもっと楽しいかも。海での遊びを知っているはずだし、珍しい体験ができそうだ。クレハもトールを遊べて嬉しそうだし、ここにいる時は退屈しないかもね。


「ケイオスも一緒に遊びますか?」

「えっ……ま、まぁ」

「そうですか、良かったです」


 この村で見知った子と一緒に遊べて嬉しくて笑うイリス。その穏やかな笑顔は少年の心を持つケイオスを釘付けにする。笑うイリスをボーッと見つめるケイオス。この状況を分かっている人が私しかしないから、楽しさを共有できないのが残念だ。


 二人をニヤニヤと見つめていると、クレハから声がかかる。


「なぁ、ノア。みんなで遊べるものとかないのか?」

「みんなで遊べるもの? もちろん、あるよ」


 そうだった、今は遊びの相談をしているんだったね。私はリュックの中を漁り、一つのビニール製品を取り出した。


「それはなんだ?」

「まぁ、見てて」


 ビニール製品についている吹き出し口から空気を入れる。すると、そのビニール製品は膨らみだし、丸いビーチボールに変わった。


「うわっ、なんだそれ!」

「面白いな」

「そういうのがあるんだ」


 膨らんだビーチボールを見たみんなは驚いた。こんな物を見るのは初めてだろうから、その反応は分かる。


「これはね、ビーチボールって言って、こうやって遊ぶんだよ」


 私はビーチボールの使い方を教え始めた。頭の上でトスしたり、手を組んで打ち上げたり。そのやり方を見せると、子供たちも一緒になって真似をする。


「ビーチボールを相手にこうやって渡して、落としたら負けっていう遊びだよ。みんなでやる?」

「もちろんだぞ! みんなでやろう!」

「面白そうだな!」

「じゃあ、みんなで円になろう」


 私が声をかけると、みんなが広がって円になる。一定間隔を開けると準備完了だ。


「それじゃあ、行くよー。それ!」


 ボールを飛ばすと、そのボールはクレハのところに飛んでいく。高く上がったボールを見ながら、クレハは手を構える。


「えーっと、こうか!」


 落ちてきたボールを両手で飛ばす、するとボールはまた高く上がった。


「よし、上手くいった!」

「今度はこっちだ。それ!」

「おっ、来た来た!」


 クレハが飛ばしたボールは村の子供に渡り、そこからトールに向かっていった。トールは手を組むと、ボールを打ち返す。


「やった、飛んだぞ!」

「あっ、こっちに」

「おっ」


 トールが飛ばしたボールは丁度イリスとケイオスの間に飛んでいった。すると、二人はボールを取ろうと急接近し、衝突する。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 二人は砂浜に倒れ込んでしまった。


「二人とも、大丈夫ー?」

「はい、大丈夫です。ケイオスは大丈夫ですか?」

「いてて、俺は大丈……」


 声をかけると二人はゆっくりと起き上がってくる。イリスは問題なく動くが、ケイオスが至近距離にいたイリスを前に緊張して動かなくなった。あらら、そんなに近いと刺激が強かったかな?


「おーい、ケイオス! 大丈夫なら、立てよ!」

「まさか、どこか怪我をしてますか?」

「ち、違うっ……だ、大丈夫だ!」


 隣で心配そうにしているイリスを目の前にそっぽを向くケイオス。そこにイリスの手が差し伸べられる。


「はい、手をどうぞ」

「お、おう……」


 戸惑いながらもケイオスはイリスの手を掴んで立ち上がった。すると、イリスはすぐに手を離して持ち場へと戻っていった。一人残されたケイオスは離れていったイリスを目で追った後、繋いでいた手をジッと見ている。


 はー、甘酸っぱいなー。少女と少年の時期特有の甘酸っぱさだね。それに気づいているのが私しかいないってどういうこと。もっと、誰かと共有したいこの感想。


 この後二人は仲良くなるのかとか、微妙な立ち位置のままいくのかとか……考えることが多すぎる。でも、手を貸したいっていうわけでもないんだよなー。このまま見守りたいというか――。


「ノア!」

「えっ、あたっ!」


 急にボールが飛んできて、私の顔面にぶつかった。


「おいおい、何してるんだよー!」

「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してた」

「今は遊ぶ時間だぞー。考え事、禁止だぞー!」


 いけない、ボール遊びしてたの忘れてた。つい本音を零すと、周りからのブーイングが凄いことに。遊びに真剣だから、それ以外のことをやられるのは嫌だよね。


 よし、だったら真剣に遊ぼう。ボールを高く上げると、それを右手で力強く打った。ボールは凄い速さで飛び、ブーイングをしていたクレハの顔面に当たった。


「どうだ!」

「いたたたたっ、今のなんだ!?」

「アタックだよ。ボールが丁度いいところに来たら、右手で打つ! そうすると、そんな風に飛ぶようになるよ」

「そうなのか! なんか、楽しそうだな!」

「私らもできる?」

「できるよー、やってみて。アタックを入れたほうが、もっと楽しくなるね」

「よっしゃ、やってみるかー」


 のんびりボール回しをするのもいいけれど、アタックみたいなアクセントも必要だよね。アタックの面白さに興味を持った子供たちは、ボールを回しながらアタックを織り交ぜてボール遊びを楽しんでいく。

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