第三章 便利な魔法と色々な仕事
71.秋の始まり(1)
「クレアさん、こんにちは!」
「いらっしゃい、注文した品が出来ているわよ」
「やった! 見せて、見せて!」
仕立屋に行くと、注文した品が出来ていた。嬉しくなって駆け寄ると、クレアさんは笑顔でカウンターの前の席から立ち上がり、横にある棚に近づいた。
「まずはこれ、秋用の衣服ね。一人、二着ずつ」
カウンターに置かれたのは、落ち着いた色合いの衣服だ。一人二着で合計六着分だ。何もない状態でこの村に来たから、こういう品は買わないとない。
「それに靴。旦那が丈夫に作ってくれたから、安心してね」
次に靴。靴はずっと同じものを履いていたんだけど、魔物討伐をする二人の靴の消耗が激しかった。だから、いっそのこと靴も作ってしまおうと思って注文した。
動きやすいように三人ともショートブーツにしておいた。真新しい革のショートブーツからは皮のいい匂いがしてきて、それだけで心が躍る。
「最後にリュックね。三人分、用意したわよ」
リュックも注文した。今までは安物の布製の背負い袋だったけど、安物なのか数か月で擦り切れてしまっている。だから、この機会にそれも新しくしようということで、新しいリュックを作ってもらった。
「どれも、凄くいいよ! こんなに良いものになるなんて、想像もしていなかったよ」
「そう言ってくれると嬉しい。久しぶりに色んな物が作れて楽しかったわ、旦那も注文してくれてありがとうって言ってたわ」
「こっちこそ、作ってくれてありがとうだよ!」
話をしながら清算をした。沢山注文しちゃったから、かなりの金額になってしまう。だけど、これは必要経費だ。お金も着実に貯まっていたし、これくらいの支払いで生活が苦しくなるほど今は貧乏じゃない。
「はい、毎度ありがとう。こんなに注文してくれたから、お金のほうを心配していたけど……大丈夫?」
「かなりの金額になったのは驚いているけれど、これくらい大丈夫だよ。私は小麦や野菜の売り上げや男爵様のお手伝いでお金を得ているし、他の二人だってほぼ毎日魔物討伐でお金を稼いでいるんだもん」
「ふふ、三人で協力しあっているから大丈夫そうね。なんだか、あなたたちが注文してくれると安心するわ。普通の生活が出来ていっているみたいでね」
「まあね、始めは散々な状態だったけど。少しずつ良くなっていっているよ。今はそれなりに快適に暮らせるようになったしね」
私たちって結構お金稼いでいるんじゃない? 小麦や野菜の売り上げは一定の金額になるし、男爵様の任されたお仕事だって安い仕事じゃない。それに魔物討伐をしている二人は日数が経つにつれて、報酬金額が上がり続けている。
きっと、生活が軌道に乗り始めたんだろう。始めの頃は住む場所もなく、着るものもなく、食べるものがない状態だった。だけど、地道に頑張ってきたから、今の充実した生活があるんだ。
「何か困ったことがあったら、なんでも相談するのよ。この村の人たちなら、きっと何か力になると思うわ。もちろん、私たちだってそうよ」
「ありがとう。いつも話を聞いてくれるだけで、助かるよ。また注文する時はよろしくね」
「任せて。立派なものを仕上げてみせるわ」
私たちだけでは生活は成り立たない。村の人たちがいるからこそ、私たちの生活が成り立っているよね。いい人たちに恵まれて、本当に良かったな。安心して生活が出来るよ。
「それじゃあ、もう行くね」
「分かったわ。でも、今日は大荷物だね。持てる?」
「荷車を持ってきたから大丈夫だよ」
「そうだったのね、それなら大丈夫だね。こういう荷物も魔法でどうにか出来たらいいのにね」
「そうだね、多くの荷物を沢山運べたらきっと凄いことが起こるよ。次はそんな魔法を覚えたらいいな」
「新しい魔法を覚えたら教えてね」
「うん、じゃあね!」
クレアさんに挨拶をして、大荷物を持って店を後にした。
◇
夕方になり二人が家に帰ってきた。いつも通り洗浄魔法をかけて綺麗にした後、一緒に夕食を食べる。その食べている最中、クレハが意味深な笑みを浮かべて話し始めた。
「ノアに聞いて欲しいことがあるんだ」
「え、何?」
「実はな、もう少し鍛えればオークを倒せるかもしれないんだ」
「オークってそれなりに強いんでしょ? 大丈夫なの?」
「今の状態では少し厳しいですが、あともう少し強くなればいける気がします」
「へー、そうなんだ。二人とも、強くなったんだね」
オークというのは体長二メートルもある、豚の顔をした人型の魔物だ。動きは少し鈍いが、力はある魔物らしい。そんな大きな魔物とやり合おうとするなんて、二人は凄いな。
「もし、オークが倒せたら家に持って帰ってノアに調理して貰うんだ!」
「ということは、肉代が浮くことになるね」
「それに肉が食べ放題なんだぞ! 考えただけでワクワクするぞ!」
「もう、クレハは肉のことばっかり。肉のことになると、凄い力を発揮するんですよ」
まぁ、クレハは肉が大好きだからな。今も肉のことを思って、尻尾をフリフリと動かしている。二人がオークを倒してきた暁には、私がしっかりと調理をしないとね。
「二人がオークを倒してきたら、私が美味しい料理を作ってあげるね」
「それはとっても楽しみなんだぞ!」
「オークを倒すことを考えるのもいいですが、どうやって持ち運ぶかも考えないといけませんよ。二メートルもあるオークを担いで歩くわけにもいきませんし」
「あぁ、そうか」
そうだよね、二メートルもあるオークを倒しても、その後の問題がある。運搬し辛い体ではあるから、その方法を考えないといけない。
「他の冒険者たちはどうしているの?」
「冒険者ギルドから荷車を借りているらしいんです。荷車を引いて森の中を進んで、魔物を倒したら素材を荷車に乗せています」
なるほどね、それだったら巨体のオークも運搬できるっていうことだ。でも、そうでもなきゃオーク肉を食べられないっていうことだ。
「クレハやイリスはオークの入った荷車を引ける?」
「ウチは大丈夫なんだぞ! 身体強化も使えるし、重たいものだったら任せてくれ!」
「私はそんなに力がないので、補助くらいしか出来ません。なのでオークを運搬できるかはクレハにかかっています」
身体強化が使えるんだったら、クレハでもオーク入りの重たい荷車も引けるだろう。それが出来なければ、オーク討伐は止めておいたほうがいい。
「まー、クレハが運べるんだったらオーク討伐に向けて頑張ってもいいんじゃないかな」
「ウチはやるぞ! 絶対にやるぞ! そうだ、どうせならイリスもこの機会に身体強化を覚えてみたらどうだ? 何かと便利だぞ!」
「確かに覚えておいたら、便利かもしれませんね。ちょっと考えてみます」
「考えるんじゃなくて、そこはやります! だろう?」
クレハの気合の入ようが全然違う。ただ肉がかかっているとなると、クレハは熱血家になるみたいだ。やりたいことが先行しすぎて、無茶をするのはダメだよ。
気合の入ったクレハを見ながら、なんだか騒がしい夕食の時間は過ぎていった。クレアさんから買ってきた物はこの後にお披露目しよう。
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