140.お風呂(1)

「洗浄魔法!」


 洗浄魔法をかけると、二人の衣服や肌の汚れが取れた。目に見えない汚れが取れるだけで、二人はとってもスッキリとした顔をする。


「綺麗になったぞ!」

「これで汚れが落ちましたね」


 二人は喜んでくれる、それは嬉しい。嬉しいんだけど、前世ではお風呂に入って汚れを落としていた身としては、この気持ちよさでは物足りなくなってきた。


 生活が充実している今、少しずつぜいたく品が欲しくなってきた。その一つがお風呂だ。私はまだこの世界でお風呂を見たことがない。召使いをしていた時もご主人様たちは洗浄魔法で綺麗にしていただけだった。


 洗浄魔法があれば洗う作業は何もしなくてもいい。とても楽なんだけど、お風呂はそうじゃない。体を綺麗にするだけじゃなくて、心も洗ってくれる唯一無二の存在だ。


 温かいお湯に浸かるあの気持ちよさはお風呂でしか味わえない。この冬にあれだけの温かさに包まれるのは、貴重だしとても心地いいと思う。だから、その心地よさを求めてお風呂を作ろう!


「二人とも、明日お風呂を作ろうと思う」

「お風呂?」

「お風呂ってなんですか?」

「熱い沢山のお湯に浸かる場所だよ」

「水浴びみたいなものか? よく、孤児院で体を綺麗にする時に入ったよな」

「水が冷たくて大変でしたよねー」

「でも、今回は水じゃなくてお湯を使うんだよ。熱いお湯に浸かるのは本当に気持ちが良くて、体がすっごく温まるの」


 二人に話してみたが、あまりピンと来ていないのか不思議そうな顔をしている。あの気持ちよさが分からないから仕方がないけど、ちょっと悔しいな。


「ノアが作りたいと思ったのなら、作ったらどうですか?」

「お風呂かー、どんなものだろう?」

「明日一日で完成させるつもり。完成したら一緒に入ろう」

「みんなで入れるんですか? お風呂って結構大きいんですね」

「お湯ってことは濡れるのかー、ちょっと苦手だなー」


 のほほんとした感想を二人は言っているけれど、お風呂に入った時にどんなリアクションをするのか楽しみだ。


「絶対に後悔させないから、楽しみに待ってて!」

「ノアのやる気が凄いんだぞ」

「何か手伝えることがあったら言ってくださいねー」


 ◇


 翌日、やることを終えた私はコートを羽織って外に出ていた。外には畑、家庭菜園、小さな果樹園、牛舎、鶏小屋、放牧スペースなどがある。こうみると、色んなものが増えたんだな、と実感した。


 そして今回、新しく風呂場が出来ることになる。場所は家の傍にスペースがあるのでそこに建てようと思う。先に頭の中で風呂の大きさや作る建物の形などをしっかりと想像していく。


 イメージが完璧に出来たら、今度は分身魔法だ。それなりに魔力を持たせた分身を三人作る。魔法を発動させて魔力を譲渡すると、私の分身が三人出来た。


「分身、今日の作業よろしくね」

「任せて、とうとうお風呂を作るんだね」

「ようやくこの時が来たって感じだよ」

「頑張っていいお風呂場を作ろうね」


 四人で手を合わせると、「おー」と声を揃えた。分身の三人には風呂場の囲いと屋根を作るようにお願いして、私は風呂と脱衣場を作る。


 作る前に風呂場を作る場所に雪が積もっているから、これを火魔法で蒸発させる。雪に火魔法をぶつけると、みるみるうちに雪が溶けて蒸発していった。よし、これで場所は確保出来たね。


 まず一番重要な風呂を作る。これは石で作ろうと思っているから、地魔法の出番だ。しっかりと頭の中で作りたい風呂の形を想像する。次に地面に手を当てて、意識を集中させて地魔法を発動させた。


 すると地面から石がせり上がってきて、石が想像のお風呂と同じ形になっていく。二メートルほどの大きさに仕上げると、大きなお風呂が完成した。うん、大きさも深さも丁度いいね。


 そして、しっかりと排水する穴も出来ている。後にこの穴に栓を入れれば、自由にお湯を捨てることが出来るね。お風呂はこれで完成だ、次に脱衣場を作る。


 すぐ傍の森に近づくと、気を一本魔動力で抜く。他の分身たちが作業している場所までその木を移動させる。ここで、脱衣場となるすのこを作っていく。


 まずは木の処理からだ。根っこといらない枝を切り落とすと、一本の丸太が出来た。根っこは細切れにしてよそに置いておき、使えない細い枝と葉っぱも一緒に置いておく。これは後でまとめて処分することにする。


 使えそうな枝は風魔法で均等な長さに切り分けておく。全てを切り終えると、今度は乾燥魔法をかけた。これで薪の完成だ、薪はいくらあってもいいからね。出来立ての薪を家の中にあるマジックバッグ化した保管庫の中に入れておく。


 さて、これで次の作業に移れるね。丸太の切ったところに、切り出したい木材の形を書いていく。作りたいのはすのこだから、天板用の平べったい板とそれを支える脚の部分が必要だ。その形を書き込んでいった。


 それが終わると切り出し作業だ。丸太を宙に浮かせて、線に沿って風魔法で切る。丸太から余分な木材を切り出し、今度は素材となる木材を切り出していく。複雑な作業はないのでサクサクとすすむ。


 上手に材料を切り出すことが出来ると、今度は組み立ての作業だ。天板の板を並べたところに、脚となる木材を組み合わせる。それが終わると分身たちが持ってきた釘を魔動力で打ち込んでいく。


 一つずつ釘を打ち込んでいき、木材を組み合わせた。うん、全部の釘を打ち終わった。これで脱衣場となるすのこが出来たね。あと必要なのは……そうだ! 脱いだ服を入れる籠も作らなくっちゃ。


 すのこをこの場に置いておき、森の方へと近づいていく。森の中に入ると、今度は蔦を探す。どこかに枝に絡まった蔦はないかな? しばらく歩いていると、枝にぶら下がった蔦を発見した。


 その蔦を魔動力で下ろすと、根っこ付近から風魔法で切る。これで一本の蔦が手に入ったけど、これだけじゃ足りない。だから、この切った蔦の根に植物魔法をかける。


 魔法を発動させると、蔦の根っこからニョキニョキと新鮮な蔦が生えてきた。それを限界まで伸ばすと、また風魔法で根っこの付近を切る。これで二本目、この調子でどんどん蔦を入手していこう。


 植物魔法で蔦を生やしては、風魔法で切る。その作業を続けていくと、何本もの長いツタを入手することが出来た。最後に乾燥魔法をかけてあげれば、籠の材料となる蔦の完成だ。


 大量の蔦を持って森から出た。分身たちが作業をしているところに近づくと、声をかける。


「私は家の中で籠を編んでいるから、あとの作業をお願いね」

「任せてー」

「立派なの作るね」

「籠編み頑張ってね」


 蔦を持って今度は家の中に入っていく。家の中では二人がビートを切っているところだった。


「ノア、おかえりなさい」

「もう出来たのか?」

「まだだよ。私は家の中で作業をすることにしたの」

「そうなんですね。外は寒いから、作業をするのも大変ですよね」

「ウチらも寒い中外で魔物討伐するのは大変だったなー」


 私はダイニングテーブルに座ると、早速籠を編み始めた。


「しっかし、お風呂って外に作るんだな。寒いんじゃないのか?」

「ノアは温かいって言ってますけど、外でお風呂に入るのは寒そうですね」

「服を脱いだ時とか、上がった時は寒いけど、中にいる時は天国にいるような温かさだよ」

「発熱の魔法とかとは違うんですか?」

「全然違うよ。すっごい気持ちいいから、期待して待ってて」

「ノアがそこまで自信満々にいうのは珍しいな」


 二人とも外でお風呂を入ると聞いて、不安みたいだ。外で裸になってお湯に入るって、温かい印象よりも寒い印象のほうが強くなるのか。寒いのは一瞬だけだから、お湯に入ればそんなことはないことを早く教えてあげたい。


 二人とお喋りをしながら、私はせっせと籠を編み続けた。

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