147.冬の終わり(2)

 雪が溶け、馬車が動けるようになった。町との往来はこれからだが、それが始まる前に村の中で馬車が動き出す。冬の手仕事の商品の回収に馬車が動き始めたのだ。


 この冬、新しく冬の手仕事として加わった砂糖作り。農家の人たちは寒い中、家の暖炉で暖をとりながらその火を利用して砂糖を作っていた。作られた砂糖は大きな瓶に入れて保存され、春の出荷の時を待っている。


 春を間近に控えた今日、各々の家を回って砂糖の回収が始まった。コルクさんが農家の家を回って砂糖を回収して、その量に応じてお金を渡す。そのお金は以前の手仕事よりも多いから、農家の人たちは大喜びだったそうだ。


 そして、私のところにもコルクさんがやってきたが、男爵様と一緒に来たみたい。


「やあ、三人とも。冬の間は元気に過ごしていたか?」

「男爵様、ようこそ」

「いらっしゃいなんだぞ!」

「冬も元気に過ごしていました」


 三人で男爵様とコルクさんを家の中に迎い入れる。


「ノアの作った家はどうだった? 冬も問題なく過ごせたか?」

「はい、大丈夫でした。設備が足りなくなって増設したところがあるくらいですね」

「そんなことがあったのか。もし、自分の力で無理そうなら木工所を頼る手もあるんだぞ。無理はしないで、色々と頼りなさい」


 確かに、木工所に頼めば流し台なんてあっという間に作ってくれそうだ。私が作ったオリジナルじゃなくて、構造もしっかりしたものを作ってくれそう。複雑なものを作りたい時はお願いしてもいいかもしれない。


「さて、冬の間ごくろうだったな。砂糖作りにマジックバッグ作り、何かと忙しかったと思う」

「忙しかったですが、楽しいひと時でもありましたよね」

「冬の間は家の中と外で楽しく過ごしていたんだぞ」

「そうか、仕事の合間に楽しんでいたんだな。子供らしくていいじゃないか」


 イリスとクレハの話を聞いて男爵は笑った。時間がある時に砂糖作りをしたり、マジックバッグ作りをしたりと仕事をしていたけど、どれも大変じゃなかった。大変どころか、とても楽しく過ごせたと思う。


「さて、それじゃあ先に砂糖の回収だな。コルク、頼む」

「ノア、作った砂糖はあれか?」

「うん、そうだよ」


 ダイニングテーブルの上には沢山の白砂糖の瓶が並べられていた。コルクさんはそれに近づき、一つずつ確認をしていく。


「うん、どれも綺麗な白色の砂糖だ。農家の作る茶色い砂糖とは違うな」

「錬金術の魔法を使ったから不純なものが取れたんだ」

「錬金術の魔法でそんなものがあるなんてな、知らなかった。だが、そのお陰で良い砂糖が出来たんだな」


 錬金術の精製の魔法のお陰で不純なものを取り除くことが出来た砂糖は白くなった。そのお陰で雑味がなくなったし、純粋な甘さを感じる砂糖になった。


「この白い砂糖は貴族やお金持ちの平民に向けて売ろうと思う。だから、高く買い取られるぞ」

「やった!」

「今時点でどれだけ高く売れるかは分からない。だから、正確なお金を渡せないんだ。この白い砂糖に関しては、売れたらノアに売り上げを渡す感じでやろうと思う。すぐにお金が手に入らないが、大丈夫か?」

「ビートの生産で貰ったお金がまだ沢山残っているから平気だよ」


 白い砂糖は貴族やお金持ちの平民に向けて売るらしく、売値が高くなるみたいだ。今、お金が手に入らないのは残念だけど、冬でビートで儲けたお金があるから心配ない。


「じゃあ、砂糖は以上だ。後は男爵様から受けた仕事だな」


 そう言ったコルクさんはダイニングテーブルの上に乗った砂糖入りの瓶を外の馬車に持ち運んでいく。その間に、私はマジックバッグが入った袋を男爵様のところに持っていった。


「この中に入っている鞄は全てマジックバッグ化してあります」

「そうか、ご苦労だった。一つずつ確認させてもらうな」


 男爵様は袋に入ったマジックバッグを一つずつ確認していった。高価なものだから、一つでもマジックバッグ化をしていない物が入っていたら大問題だ。高価なものだからこそ、男爵様は自分の目で確認していった。


「よし、確認が終わったぞ。どれもマジックバッグ化している、このまま納品しても大丈夫そうだな」

「良かったです」

「出来たマジックバックは侯爵様の下に届けられて、そこから市場に出るだろう。春先には店頭に並ぶ感じになるな」


 マジックバッグが売り出されるのは春先になるのか、店頭に並ぶまではまだ時間があるね。


「マジックバッグは高価なものだ。よって事前にお金を渡すことが出来ない。一つの季節ごとにまとまったお金が支払う感じになると思う」

「売る場所が遠いから仕方ないですよね。すぐにお金が手に入らないのは残念ですが、まとまったお金が手に入るのは嬉しいです。ということは、実際にお金が手に入るのは夏頃になるんですか?」

「そうだな、夏頃には売り上げのお金を渡すことが出来ると思う。それまでは、今まで働いたお金でやりくりすることになるだろう。早くお金を渡したいのだが、そう上手くはいかんな」


 男爵様は難しい顔をする。早くお金が手に入るということは、生活が安定するということだ。男爵様は私たちのことを思って言ってくれているんだろう。


「春になったら、馬車で他の町や村へ行き来できると思う。その時に売れる作物があれば、どんどん作っても構わない。その売り上げでまとまったお金が入るまで、やりくりができるか?」

「大丈夫です。冬の間もお金を貯めることができたので、無理をしないように作物を育てていけば生きていけます」

「そうか、それを聞いて安心した。ここでの生活が軌道に乗り始めたが、油断は禁物だぞ。何か困ったことがあったら、すぐに相談するんだぞ。子供だけだからな、自分たちでは解決できないこともあるだろう」


 男爵様は私たちのことを心配してくれていた。何も頼るものがない私たちにとってその言葉はとてもありがい。頼れる大人がいるだけで、安心感が違うからね。


 私は転生者だけど、大人の経験はあるけれど、それでも今は本物の大人じゃない。出来ることは限られているから、出来ないところがあった時に頼れる人がいるのは本当に心強い。


「三人で協力して生活して、困ったことがあったら相談します」

「あぁ、そうしてくれ。それじゃあ、マジックバッグを貰っていくな。今度の作物に関しては、コルクと相談しながら作っていくといい」


 男爵様はマジックバッグが入った袋を持って家を出ていった。私たち三人も外に出て、男爵様とコルクさんを見送る。


「今日はありがとうございました!」

「また、何かあったらよろしくなんだぞー」

「これからもよろしくお願いします」


 三人で手を振って見送ると、男爵様とコルクさんは手を振って応えてくれた。


「冬の仕事、終わりましたね」

「自宅で使う砂糖も沢山作ったね」

「甘い食べ物沢山作れるぞー!」


 これで冬に頼まれた仕事は終わった。納品する砂糖以外にも、自宅で使う砂糖も沢山作ったからしばらくは作らなくてもいい。その砂糖を使って甘い物も沢山作れる。


「冒険者たちはもう森に入っているみたいですね。私たちもそろそろ魔物討伐を開始しますか」

「そうだな! その前にまだ訓練するんだぞ。訓練は魔物討伐をするよりも自分を鍛えられる!」

「じゃあ、やりましょうか。私も訓練を始めたら、強くなったような気がします」


 二人は家の中に入って武器を持ってくると、私の前に並ぶ。私はそんな二人に分身魔法をかけると、二人の分身が一人ずつ出来た。


「よし、行くぞー!」

「今日も鍛えるか!」

「やりましょう」

「はい」


 四人は元気よく走っていき、広いところで訓練を始めた。三人一緒にいるのももうすぐ終わる。そのことに少しの寂しさを感じつつも、いつもの日常が戻ってくる期待感が膨らんだ。


 家があり、畑があり、家畜小屋や放牧スペースがある、お風呂だって作った。少しずつ充実していった生活を思い出しては、楽しかった記憶を辿る。


 とうとう春になる、芽吹きの季節。気持ちのいい季節を前にして、心が躍った。だんだんと温かくなる空気に春を感じると、ワクワクとした気持ちが生まれてくる。


 次はどんなことをして、どんなものを食べよう。考えるだけでも楽しくなってきて、自然と微笑みが零れる。


 春になっても三人一緒に仲良く暮らしていけたらいいな。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


いつも「転生少女の底辺から始める幸せスローライフ~勇者と聖女を育てたら賢者になって魔法を覚えたけど、生活向上のため便利に利用します~」をお読みいただきありがとうございます。

書籍化作業などで多忙につき、次回からの更新を三日に一度に変更させていただきます。次回の更新は六月十七日になります。更新が遅れます事、申し訳ございません。なんとか定期的に更新できるようこれからも頑張って参ります。

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