15.宿屋と作物所

 朝、私たちは朝食を取るためにこの村唯一の食事処兼宿屋にやってきた。この村で二番目に大きな建物で、全ての冒険者がここで寝泊りをしているみたいだ。


「早速中に入ってみよう」


 宿屋の正面玄関を開けると、受付のカウンターがあった。だが、そこには誰も座ってはいない。


「誰もいないみたいだぞ」

「どうしましょう」

「今時間は朝食の時間だから、食堂に行ってみよう」


 宿屋の中に入り、人がいる気配を探る。すると、ホールの隣の部屋から話し声が聞こえた。きっと向こうだ、私たちはその部屋の扉を開ける。すると、そこは幾つものテーブルやイスが並べられた食堂だった。


 そこでは十人くらいの冒険者が渋い顔で朝食を食べているところだ。入口のところで立ち止まっていると、誰かが近づいてきた。


「いらっしゃい。あら、見慣れない子ね」


 現れたのは三角巾をかぶり、茶色い髪をポニーテールにした十代後半のお姉さんだ。


「昨日、この村にこしてきたノアです」

「クレハだぞ!」

「イリスです」

「まぁ、そうなの。私はミレ、ここの娘よ。この村にも新しい住人がねぇ……で、何か用?」

「こしてきたばかりで家に食べ物がありません。ここは唯一の食事処だと聞いたので、朝食を食べに来ました」

「あら、そうなのありがとう。じゃあ、適当な場所に座って。今、用意するから」


 そういうミレはホールの奥に引っ込んだ。私たちは言われた通りに空いている席に座った。周りを見てみると冒険者はいるけれど、誰も覇気がない。なんていうか、こう……ガハハッ! ってな感じで喋っていると思ったのに。


「なんだか静かですね」

「うーん、なんでだろう?」

「朝だから眠いんじゃないかな」


 ここにいる冒険者はみんな低血圧なのかな? 不思議に思っていると、ミレお姉さんが戻ってきた。その手にはお盆を持っていて、料理が乗せられている。


「はい、お待たせ。スープと芋ね」


 テーブルに置かれた食事を見て驚いた。肉がゴロンと一個入っていて細切れの野菜が少し浮いただけのスープ、茹でただけの芋。町で食べていた料理とは全く別物が出された。


 その料理を見て、クレハは絶望した顔をする。


「な、なんだ……これ」

「ウチの村の話は聞いた? まともな食糧がないから、まともな食事が作れないのよ。まともに食べられるのは肉くらいかしらね」

「その……パンもないんですか?」

「小麦が入ってこないから、パンも作れないわ」

「そ、そんなっ」


 ついでにイリスも絶望した顔になった。まさか、こんなに酷い状況だとは知らなかった。あからさまに意気消沈したクレハとイリスは気の乗らない感じでスープを食べ始めた。


 そっか、みんなこの食事に意気消沈していたから活気がなかったんだ。こんな食事を続けていたら、そりゃあ元気はでないよね。食糧事情が良くなるまで、ずっとこの生活か。


「食糧が入ってきてくれたら、もっと美味しいものが作れるんだけどね」

「それなら、このノアがなんとかしてくれます!」

「そうだ、ノアがやってくれる!」

「えっ、どういうこと?」

「なんとノアは植物魔法が使えるので、作物を魔法で育てることができるんです!」

「なんだかわからないけど、すっごい魔法が使えるんだ!」

「な、なんですって!?」

「「「なんだってー!!」」」


 うわっ、周りにいる冒険者が声を上げて立ち上がった。


「だから、ノアが頑張って作物を育てることができたら、食糧事情は解決すると思います!」

「ノアがやってくれるだ!」

「……まぁ、まぁ、まぁ! なんていうことでしょう!」


 お姉さんは笑顔になって私の両手を掴んだ。


「ノアちゃん、もちろん作物を育ててくれるのよね!?」

「は、はい。男爵様ともお約束したので」

「やったわ!」

「「「やったぜ!」」」


 私が頷くとミレお姉さんと冒険者は喜びの声を上げた。そんなにこの村に食べ物がなかったなんて……いや、あれを見たら本当にないだって実感した。昨日の夕食は奮発したものだったんだな。


「はぁ……これで粗食ともお別れね。ノアちゃん、野菜もいいけど小麦も作ってね!」

「小麦か、いいな」

「俺はパンが食いてぇよ、パンがよぉ」

「芋ばっかりはもう嫌だぁ」


 そっか、野菜だけじゃなくて小麦もあったんだ。まずは主食から作ったほうがいいね。


「まずは小麦から作りましょう! ノア、私手伝いますからね」

「ウチも、ウチも手伝うぞ」

「ありがとう」


 食糧作成がどうやら急ピッチで進めなくてはいけないみたいだ。植物魔法、覚えていて良かった。


 ◇


 朝食を食べた私たちは大歓声の中見送られた。次に向かうのは、この村にある作物所なるお店だ。なんでもこのお店には作物の種を取り扱い、作成した作物を売買するところでもあるみたいだ。


 その建物に近づいくと、人影が見えた。その人は大柄の男性で短い焦げ茶色の髪をしている。腕組をして当たりを見渡しているところだ。


 一体何をしているんだろう? そう思いながら近づいていくと、その男性はこちらに気づいた。そして、カッと目を見開いたかと思うと、物凄い勢いでこちらに近づいてくる。い、一体なんなんだろう?


「ノアっていうのはお前か?」

「う、うん……そうだけど」

「お前を待っていたんだよ! 話は聞いている、早く店に入ってくれ!」


 手を掴まれて、そのまま店の中に入っていった。店の中はガランとしていて、本来は作物が商品として置かれる場所には数えるほどの量の野菜しかない。


「ここで待っていてくれ!」


 そういった店主は店の奥へと消えていった。取り残された私たちはポカンとして待つことしかできない。


「初めて会ったのに、ノアの事知っていたぞ。なんでだ?」

「きっと男爵様から作物のことを聞かれていたんじゃないでしょうか」

「なるほど、それはあるね」


 そっか、男爵からもう話はいっているんだ。だから私の名前を知っていたし、私がここに来ることも知っていたんだ。それほどまでにこの村の自給率は悪いんだな。


「待たせたな」


 おじさんは一つの袋を持って戻ってきた。


「俺の名はコルク、よろしくな。性急で悪いんだが、男爵様の指示でまず先に小麦を作ってもらいたい」

「あ、私たちも小麦を作ろうとしていました」

「そうか、なら話は早いな。この袋に入っているものが、小麦の種になる。これを使って小麦を育てて、ウチに持ってきてもらいたい」

「えっと、代金はおいくらになるの?」

「緊急だということでこの一袋分の代金は男爵様から貰っている。だから、遠慮せずに持ち帰っていってほしい」


 男爵様、ありがとうございます。最初にお金がかからないってことは、本当に助かる。


「あとは必要な道具を貸してやろう。脱穀機、鍬、鎌、その他道具一式、荷台車、これだけあれば大丈夫だろう」

「あ、鍬と鎌はいらないよ。魔法で代替えできるから」

「むっ、そうなのか? 魔法っていうのは凄いんだな」


 鍬の代わりに地魔法、鎌の代わりに風魔法がある。それらを上手く使えれば、鍬も鎌も必要ないね。


「とにかく、よろしく頼んだぞ。ノアの持つ植物魔法でこの村を救ってくれ」

「どれだけできるか分からないけど、やってみるよ」

「頼んだぞ」


 ◇


 脱穀機とその他道具一式を荷台車に乗せ、私たちは石の家がある自分の土地に急いで戻った。


「初めての植物魔法ですね。どんな風になるのか楽しみです」

「バーッて植物が生えてくるんかな? 早く見てみたいぞ」


 植物魔法、本当にどんな魔法なんだろう。こんなことなら、一度試しに使ってみればよかった。でも、そんなこと言っても遅いよね。この魔法に村の未来がかかってる、頑張らないと。


「よし、小麦を作ろう!」

「おう!」

「はい!」


 初めての畑づくりが始まる。

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