112.砂糖作り(1)
本格的な冬が始まった。この地方は雪が少ない場所らしく、雪が降っても一時的なものでうっすらと積もる程度に終わるらしい。それを聞いて安心した、雪に埋もれることはないは楽でいい。
私はエルモさんに錬金術の魔法を教えてもらいながら、少しの農作物を納品する生活を送っていた。家畜たちも寒いのに元気に過ごしていて、もう少ししたら牛乳と卵が採れそうだと思う、その時が楽しみだ。
のんびりとした生活が続いたある日、いつものように作物所で少ない農作物を納品しに行った時だ。コルクさんからあの話を聞いた。
「ノア、明日から砂糖作りを始めるみたいだ」
「とうとう始まるんだね」
「あぁ。農家の人たちの仕事もひと段落したみたいだし、男爵様の指示で始めることになった」
とうとう男爵様が砂糖作りをして欲しいと指示が出たみたい。私としてはこの時を待っていた。沢山お金が貰える仕事だから、頑張りたいと思う。
「とりあえず、明日の朝に作物所で一度集合した農家の人たちは、次にノアの家に集まるからな」
「みんな来るの?」
「今回の砂糖作りに協力してくれる農家の人たち全員来るな。それぞれビートを入れる籠を持って来るんだ」
「なるほど、私のところでビートを作って、そのまま回収して家に帰るんだね」
「そういうことだ。俺もノアの家に行くことになっている、収穫したお金を支払わなきゃいけないからな。それに最初だけだが、男爵様も来るぞ」
どうやら私の家に農家の人たちが集まって、ビートを回収するらしい。その時にコルクさんと男爵さまも見に来る、と。なんだか賑やかになりそうだな。
「そうそう、農家の人に何か手伝って欲しいことはあるか?」
「種まきが大変だから、種まきを手伝って欲しいな。それと収穫作業だね」
「よし、分かった。種まきと収穫作業だな、伝えておく」
広い畑に一人で種まきと収穫するのは大変だからね、それくらいは手伝ってもらおう。きっと、大勢いるから簡単に終わると思うよ。
「ビートの種は保存してあるか?」
「うん、この時のために沢山作ってあるから大丈夫。でも、今回で使ったら次のビートの種が無くなっちゃうから、また作らないといけないんだ」
「そうか、なら全部のビートを収穫しないほうがいいな。種用のビートは残しておくことにしよう」
ビートの種は作ってあるけれど、作るのは大変だから一回分しか保存していない。今回の収穫で忘れないように、種を作って採取しておかないといけないね。
「それじゃあ、明日はよろしく頼むな」
「こっちこそ、よろしく」
明日の話が終わると、私は作物所を後にした。そうだ、明日は錬金術の魔法の練習が出来なくなるから、エルモさんに伝えてこよう。さて、久しぶりに忙しくなるぞ。
◇
翌日、宿屋で朝食を取り終えた私は家へと戻ってきた。家畜の世話を終えた後、種保管箱の中からビートの種を取り出して、みんながやってくるまでイスに座って待つ。しばらく、ボーッと待っていると扉をノックする音が聞こえてきた。
急いで扉に近づく、扉を開けると、そこには男爵さまがいた。
「おはよう、ノア」
「おはようございます、男爵さま」
「早速外に出てもらってもいいか? みんなが集まっている」
「はい」
男爵さまに言われて外へと出てみる。すると畑のそばに百人以上もの農家の人が集まってきていた。中には知った顔もいて、少しだけ安心した。
その農家の人たちの前に出ると、男爵様が話し始めた。
「この寒い中集まってくれてありがとう。これから、砂糖作りに必要なビートを育てたいと思う」
すると、農家の大半の人たちはざわつく。そうか、私の植物魔法をこの目で見たのは一部の人たちなんだ。だから、その場面を見ていない人にとっては初めての光景になるだろう。
「このノアの植物魔法ですぐに種から作物に変わる。知っていたとは思うが、この目で見るのは初めての者がいて驚くことになるだろう」
男爵さまの話に半数以上の人が頷いた。話には聞いていたけれど、見るのが初めての人が多いらしい。まぁ、農家の家族の人も混じっているみたいだし、見てない人がいるのは確かだね。
「まずは作物を育てるところから始める。みんな、ノアから種を貰って畑に植えて欲しい」
話を聞いた農家の人たちは分かったように頷いて、私の方に近づいてきた。
「これがビートの種です。一定の間隔を空けて、畑に植えてください」
私は集まった農家の人たちに順々に種を渡していく。農家の人たちはその種を受け取ると、畑へと直行した。そして、慣れた手つきで種を植え始める。
百人以上の農家の人たちが一斉に種を植えると、そんなに待たずに種を植え終えることができた。まぁ、一人二十から三十粒くらいの種数だったからね。やっぱり、人数が多いと農作業は早く終わる。
種を植え終わると、次は私の出番だ。農家の人たちを一度畑の外に出てもらい、私は畑の前に立つ。すると、男爵さまが前に出てきた。
「これから、ノアが植物魔法を使う。この光景は凄いぞ、しっかりと見ておくように」
そんなこと言われたら、ちょっとやり辛いな。農家の人たちの視線を一身に受けて、私は植物魔法を発動させる。
「植物魔法!」
畑全体に魔法が行き渡ると、植えていた種から芽が出る。その芽がぐんぐんと成長して、大きな葉になり、地中では根が大きく膨らんでいった。そして、丁度いいところで止めると、畑には沢山のビートの葉が生えそろう。
「おお、凄い!」
「これが植物魔法か、本当に一瞬だったぞ!」
「これはまた、見事なものだな」
すると農家の人たちから歓声が上がった。植物魔法で一気に成長したビートを見て、みんな一様に感心している。見慣れた人もいて、驚いていた人たちの話を聞いて、分かっているように頷いていた。
「それじゃあ、各自ビートを収穫して籠に入れてくれ。収穫が終わったらコルクのところに行って、ビートの量を計ってくれ」
男爵さまの言葉でみんなが動き出した。背負っていた大きな籠を手に持つと、畑に入ってビートを収穫し始める。ビートは葉っぱを引っこ抜くと、根が抜ける。そうやって、みんなビートを収穫し始めた。
私は自分で作る用と種用のビートを残すために、農家の人たちに残しておいて欲しいビートを伝えた。すると、畑の一角にビートを残して、残りのビートは綺麗に回収し終えた。大人数で収穫すると、一時間もかからないんだね。
農家の人たちの籠はビートで埋め尽くされていて、大収穫だったのが伺える。どことなく、収穫を終えた農家の人たちは嬉しそうだ。やっぱり、本業をしている人たちは収穫するこの瞬間が好きらしい。
そんな収穫が終わった農家の人たちは、コルクさんのところへ行き今回の収穫量を計ってもらう。これが結構時間がかかった。種植えや収穫のほうが時間が短く済んだ分、この時間は待ちぼうけとなる。
しばらく待っていると、ようやく終わったみたいだ。男爵は計量が終わった農家の人たちを集めて、また話し始める。
「みんな、ビートの収穫ご苦労。これから、家でビートから砂糖を作る作業に入ってもらう。作り方は事前に伝えてある通りだ、その通りに作って出来上がった砂糖は瓶に詰めていってほしい。その瓶を春になる前に回収して換金する」
これから本格的に砂糖作りが始まる。各自、家の暖炉の火を有効的に使って、砂糖を作ってもらう。私も暖炉の火を使って砂糖を作るつもりだ。
暖炉に必要な薪は樵の兄弟がせっせと作った物を利用している。今年は沢山の薪が出来たので薪の心配はないみたいだ。
「このビート作りは一週間に一回か二回くらい行う。砂糖作りに使うビートが無くなった家は忘れずに収穫に参加するようにな」
一週間に一回か二回くらいか、それくらいの頻度なら無理なく他のことも出来そうだ。それに収穫自体そんなに時間がかかるものじゃないから、余った時間で他の事が出来そうかな。
「最後にノアから一言を貰おう。ノア、何か伝えたいことはあるか?」
私からの一言か……そうだ!
「みなさんが収穫したビートの葉は畑の栄養にもなります。もし、余裕がありましたら畑に使ってください」
ビートの葉は畑の栄養になるみたい。そのことを話すと農家の人たちから喜びの声が上がった。
「そうなのか、畑の栄養にもなるのか」
「週に一回か二回くらいの収穫だろ……かなりの量の葉が採れそうだな」
「やってみるよ」
みんな畑のことを思っているのか、葉を活用してくれるみたいだ。私は家庭菜園用の畑に撒いているので、効果は感じている。まぁ、植物魔法を使うからそんなに大きな差異はないんだけどね。
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