111.冬のはじまり(5)

 香ばしい匂いが広がってきた、そろそろパンが焼ける。時間加速の魔法を止めて、鉄扉を開く。すると、ふっくりらと小麦色に焼けたパンが見えた。魔動力で鉄板を手前に持ってくると、香ばしい匂いが強くなる。


「うん、今日も上手に焼けた」


 納得のいく焼き目だ、それを見るだけで充実感が胸に広がる。鉄板をキッチンカウンターに置き、棚から籠とトングを持ってきた。それからトングでパンを掴んで、籠の中に入れていく。


 パンが沢山積み上がると、それをダイニングテーブルに置いた。ついでに光の魔法を使って、光の球を作りだし、中央にぶら下げてある木の囲いの中に入れておく。うん、部屋が明るくなった。


 パンに時間停止の魔法をかけておけば、夕食の準備の完了だ。まだ、二人は帰ってきてないから、後片付けをしよう。パンを焼いていた鉄板とトングに洗浄魔法をかけて、鉄板には冷却の魔法で熱を冷ます。


 鉄板とトングを棚の定位置に戻しておく。次に石窯だ、まだ中で燃えている薪を魔動力で全てを抜き取る。次に石窯に冷却の魔法をかけて、中の温度を下げておく。


 次に石窯専用の箒とチリトリを持って、中に溜まった小さな炭をかき集める。よし、これで石窯の中が綺麗になったね。チリトリを持ち、薪を宙に浮かせながら外へと出た。


 ゴミを入れていた穴にチリトリの中に入っている炭や、使用した薪を入れておく。それから、薪には水魔法で水をかけてしっかりと消火する。明日、まとめて燃やす時にはその水も乾いているだろう。


 寒さを我慢しながらゴミを置くと、駆け足で家の中へと戻る。家の中は暖炉で火を焚いているので、とても温かくなっていた。これだと、寒い中帰ってきた二人を温かく迎い入れることが出来るね。


 さてと、あとやることは……キッチンカウンターに洗浄魔法をかけて綺麗にしておく。あと、石窯の中も洗浄魔法をかけておこう。煤が壁に溜まるから、綺麗に保つには洗浄魔法が欠かせない。


 そうやって、気になるところを洗浄魔法で綺麗にしていく。細かい作業をしていると、扉が開いた。


「ただいまー」

「ただいまかえりました」

「家の中、温かいんだぞー」

「外とは大違いですね」


 二人が帰ってきた! 二人は寒そうに手をこすり合わせている。こんな時、きっとあの魔法が役立つはずだ。


「二人ともお帰り。外は寒かったよね、私の手を握ってみて」


 二人に近づき、両手を差し出してみる。二人は不思議そうな顔をした後に、私の手を両手で握った。


「わっ、冷たーい」

「ノアの手が温かいぞ」

「でも、これだとノアの手が冷たくなってしまいます」

「ふっふっふっ、それは大丈夫。今日はとってもいい魔法を覚えてきたから」

「へー、どんな魔法だ」

「楽しみですね」

「それじゃあ、いくよ」


 二人はワクワクとした表情で魔法を待っていてくれた。私は魔力を高めると、その魔力を発熱の魔法に変えて、一気に熱を出す。すると、私の手から温かさが二人の体に広がっていく。


「うわっ、なんだこれ! 急にすんごく温かくなったぞ!」

「あんなに冷たかった手がどんどん温かくなっていきます」

「どう? これが新しい魔法、発熱だよ」

「こんな魔法まで覚えるなんて凄いんだぞ! 温かくて凄く気持ちいがいいんだぞ!」

「この魔法は素晴らしいですね。あんなに冷たかった手が温かくなりました」


 発熱の魔法で二人の冷たかった手が徐々に温かくなっていく。それがなんだか嬉しくて、三人で軽く飛び跳ねて喜びを分かち合った。


「なぁなぁ、ほっぺも温かくしてくて」

「私もお願いします」

「いいよ、はい」

「うわー、すんごく温かいんだぞー」

「これは癖になっちゃいますね」


 私が二人の頬に手を当てると、二人はその手にすり寄り手を重ねた。寒い時のこういう温かさってとても気持ちがいいし、やみつきになっちゃうよね。


 しばらく、そのままの体勢で温かさを満喫する。すると、クレハのお腹が盛大に鳴った。


「あ……お腹減った」

「ふふっ、このままいたら夕食が食べられませんね」

「部屋も温かいし、もう席に着こうか」

「そうだな、食べよう!」


 そこでようやく二人から離れる。二人は来ていたコートをクローゼットの中にしまうと、ダイニングテーブルのイスに座った。私も座ると、夕食がスタートだ。時間停止をしていた料理の魔法を一気に消す。すると、美味しい匂いが漂ってきた。


「うわぁ、今日も美味しそうだな! 骨付き肉、骨付き肉だ!」

「パンの香ばしい匂いはいつ嗅いでもいいですね」

「さぁ、食べようか。いただきます」

「「いただきます」」


 三人で手を合わせて挨拶をした。すると、すぐにクレハが鳥の香草焼きをフォークでぶっ刺してかぶりつく。


「肉汁が溢れるんだぞー。それに、すぐ身がほどけるほどの柔らかいー」


 焼きたての鳥の香草焼きからは肉汁が溢れだしている。そんな鳥の香草焼きを無我夢中でクレハは食べ進めていく。


「んー、今日のパンも香ばしくて美味しいです。それにフワフワ食感も堪りません」


 焼きたてのパンを手で千切っては、口の中に入れて美味しそうに食べるイリス。その顔は幸せそうに蕩けきっていた。


 それぞれが好きなものから食べ始めるのを見て、私も食事を進める。今日はコンソメスープから頂こうかな。スプーンでスープと具をすくい、口の中に入れる。瞬間、コンソメの味わい深い味が口いっぱいに広がった。


「んー、上出来!」


 時間をかけて作ったコンソメスープは絶品だ。時間加速がなかったら、沢山煮込めなかったし、この味は出なかった。魔法がここまで料理を美味しくするなんて、贅沢な使い方だよね。


 コンソメスープを食べる手が止まらない。どれだけ食べても、次も食べたいと思うほどに病みつきだ。その私の夢中さが目を引いたのか、二人の興味津々な視線が注がれる。


「今日のスープはいつもとは違うのか?」

「いつもより、色が濃いような気がしますけど……」

「今日のスープは時間をかけて作ったから、いつもとは違う味になってるよ。美味しいから食べてみて」


 コンソメスープを勧めてみると、二人は顔を見合わせた後にスプーンを手にしてコンソメスープを食べた。


「んっ! なんだこれ!」

「いつもとは全然違います!」

「なんか分からないけれど、すんごく美味しいんだぞ!」

「初めて食べるスープです!」


 二人は凄く驚いた顔をして、コンソメスープを食べ進める。そうでしょ、そうでしょ、美味しいでしょ。


「なんていうか、味が濃い? スッキリしているのに、そんな不思議な感じだ」

「初めてじゃないような味なのに、初めて食べるような味わいです。これはなんていうスープなんですか?」

「コンソメスープっていうスープだよ。肉と野菜を長時間煮ることで、この味が出るんだ。時空間魔法のお陰で出来ることなんだよね」

「時空間魔法って便利なんですね。こういう煮る時間も加速出来るんですから」

「やっぱり、ノアは一番の魔法使いなんだぞ!」


 二人は美味しいと言ってスープを食べ進めた。いつものスープは長時間煮ないからこの味は出せなかったけど、今度からは時空間魔法を使って時間加速を利用したスープが食べられる。大量に作っておいて、時間停止して保存する手もある。


「ノア、また食べたいんだぞ!」

「私も食べたいです!」

「もちろん、いいよ」


 魔法のお陰で充実した食生活を送れるようになった。今じゃ、どこにも負けないくらい美味しい料理を作ることが出来ていると思う。二人は毎日美味しいって食べてくれるから、私も嬉しい。


 賑やかで温かな食卓は心のよりどころだ。


 ◇


 夕食を食べ終えて、短い自由時間が終わった。私たちは冬用のパジャマに着替えて、ベッドに入ろうとしている。


「ちょっと待ってて、今ベッドの中を温かくするから」


 二人がベッドに入る前に発熱の魔法でベッドの中を温めた。


「よし、いいよ。これでベッドの中はぬくぬくだよ」

「本当か!」

「ありがとうございます」


 二人がベッドの中に入ると、声を上げた。


「おー……すごく温かいんだぞ」

「これはいいですね。ベッドの中に入るのも、冷たくて勇気がいりましたが……これだとその必要はなさそうですね」

「むふふー、ぬくぬくなんだぞ」


 クレハはベッドの中でゴロゴロと転がり、イリスは大の字になって温かくなったベッドを堪能している。


「もう少し魔法を鍛えれば、定位置に発熱の魔法がずっとかかるように出来るかもね」

「そうなるとどうなるんだ?」

「ずっと温かいまま、ていうことですよ」

「ずっと温かいままか……外でもこのぬくぬくが堪能出来たらいいのにな」

「そう出来るように魔法の修練頑張るね」


 外に行った二人を少しでも温かく過ごして欲しいから、発熱の魔法は暇がある時に研究をしよう。離れていても魔法が持続する魔法を開発するのもいいね。ちょっとエルモさんに相談してみよう。


 私もベッドの中に入り、温かくなったベッドを堪能する。これはいいね、とっても気持ちがいい。


「ノアが新しい魔法を覚えてくれるから、ウチらはどんどん幸せになっていくんだぞ」

「そうですね、どんどん豊かになっていっているような気がします」

「私が新しい魔法を覚えることが出来るのは、二人が頑張ってくれるからだよ。本当にありがとね」

「へへっ、そういわれるとくすぐったいぞ」

「ふふっ、そうですね」


 くすくすと笑い合う、それだけで楽しい気分になる。寝る前に少しお喋りをする時間が堪らなく楽しくて、つい盛り上がってしまう。だけど、温いベッドのせいで段々と瞼が重くなるのを感じた。


「そろそろ、寝ようか」

「そうだな……」

「寝ましょう」


 みんなの声に元気が無くなってくる。明かりを消すと、家の中は真っ暗になり、窓から月明りが差し込みわずかに部屋を照らす。


「「「おやすみなさい」」」

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