134.依頼のお仕事(3)
「こ、これはっ!」
午後の仕事を始めていると聞き慣れた声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには木工所のダンさんがいた。ダンさんは建築中の家を見て驚いた顔をして固まっている。
「ダンさん、見に来てくれたんだね」
「あ、あぁ……そうなんだが。数日前から作業を始めていたのか?」
「いいえ、今日からだよ」
「今日からの作業でここまで出来るとは……凄いな」
どうやらダンさんは建築スピードを見て驚いているみたいだった。それもそうだ、私だって驚いている。
「一人で本当にここまで出来たのか?」
「一人じゃないですよ、ホラ見てください」
「あっちに何が……なっ!?」
ダンさんが視線を向けると、そこでは私の分身が丸太から資材に加工している光景が広がっていた。
「ノアが数人っ!? ど、どういうことだ?」
「分身魔法っていう魔法を覚えたので、使ってみました」
「分身魔法だと? とすると、あれはノアの分身ということになるのか?」
「うん、そうだよ」
分身魔法のことを教えると、信じられないといった顔をした。まぁ、急に話を聞いても信じられないのは分かる。こういうのは慣れだよ、慣れ。
「おーい、みんなこっちに来てー」
私が分身たちを呼ぶと、分身たちは作業を止めてこっちに来てくれる。
「何ー? あ、ダンさんだ。こんにちはー」
「お、おう……」
「何か用だった?」
「ダンさんに分身を紹介しようと思って」
「なーんだ、そういうことか。どうも、分身です」
「ここにいる四人はみんなノアの分身だよ」
「そ、そうか……」
わっと集まってきた分身たちを見てダンさんはとても驚いている。何度か目を擦っているけれど、大丈夫だろうか?
「この目で見ても信じられんな。魔法でこんなことが出来るなんて思わなかった」
「私も最初はこんなことが現実に出来なんてって思ったよ」
「この分身はどれくらいのことが出来るんだ?」
「私が出来ることであれば、制限なくなんでも出来るよ。あ、魔力がないと消えちゃうからそれが唯一の欠点かな」
「じゃあ、ほぼノアと変わらないってことか。なるほど、それでここまで仕事が進んでいたんだな」
ようやく現実に追いついてきたダンさんが冷静に分析を始めた。確かに、この状況を飲み込むのは時間がかかるかもしれない。ダンさんは柔軟性があるのか、すぐに飲み込んでくれた。
「そうだ、ノアの仕事を見に来たんだ。今、建築している部分でも確認をするが、どうだ?」
「それは助かるよ。久しぶりの家造りだから、ちゃんと出来ているか不安だったの」
「そうか、なら良かった。じゃあ、確認するぞ」
「うん。分身のみんなは作業を続けてて」
分身たちは「はーい」と返事をすると、丸太の加工に戻っていった。私はダンさんに連れられて、建築途中の場所に行く。
ダンさんは一つずつ柱を確認していき、つなぎ目や固定した金具のところを重点的に見ていった。真剣な眼差しで要所を確認していき、私はその後ろでドキドキしながらダンさんの言葉を待つ。
「ふむ……どれもしっかりはめ込まれているし、固定も出来ている。問題はない」
「本当? 良かったー」
「短時間でここまで建築していたら、どこかで歪があっても可笑しくないが大丈夫だったぞ。よく、頑張ったな」
「分身たちが頑張ってくれたからだよ。ダンさんに認められて、本当に良かった」
どうやら可笑しなところはなかったみたい、本当に良かった。ダンさんに見てもらうと安心感が違うね、このまま作業を続けていけそうだ。
「そうだ、今作っている資材の確認もお願いしてもいい?」
「もちろんだ」
やった、こっちも確認してくれるって。私はダンさんを引きつれて、分身たちが作業している場所まで歩いていった。
そこでは分身たちが丸太から資材を切り出しているところだった。四人で魔法を使って作業しているから、見ごたえが凄い。それを眺めていたダンさんが感心するほどだった。
「凄い光景だな、普通ではありえんな」
「そうだよね、普通ではありえない」
「だが、これも現実か。どれ、資材の確認といこう」
ダンさんは資材の確認をし始めた。出来上がった資材を細かく見ていき、くぼみがある資材は特に念入りに見てくれる。あとは分身たちの作業の確認だ。作業する手元を見たりして、細かいところを確認して貰った。
「うむ、我々とは作業の仕方が違うからその部分はなんとも言えない。だが、出来上がった資材は問題がなかったな。だから、このまま作業と続けていっても大丈夫だ」
「良かったー、ダンさんのお墨付きを貰って安心だよ」
「このまま無理なく作業を進めていってほしい。急がなくてもいいか、この調子だとかなり早く作業が進むことになるだろう。確認することはしっかりと確認して作業を進めるように」
「うん、分かった」
「じゃあ、わしは行く。また明日も見に来る」
「明日も待ってる。ありがとうございました!」
ダンさんはそう言い残すとこの場を去って行った。私はその後ろ姿を見送ると、分身たちに視線を向ける。分身たちは真剣に丸太の加工をしていて、気の緩みはない。
「私も作業をしようか。何をすればいい?」
「えーっと、本体は出てきた廃材の処分をお願い」
「一部薪に出来ると思うから、薪にしてもらってもいい?」
「うん、分かった」
四人で作った資材は沢山あって、丸太から切られたいらない木材が山のように積み上がっている。これを処分するのも、薪にするのも大変そうだ。だけど、ここには置いておけない。
「まずは薪にする作業から始めよう」
私は魔動力を使って、まずは薪に出来そうな廃材の選別から始めた。
◇
分身の四人と協力をして家造りがスタートした。分身の力は凄まじくて、物凄いスピードで作業が進んでいく。一人の時もそれなりに早かったけど、それとは比べようのないくらいの早さだった。
みんなで協力してあっという間に丸太から資材を作り、みんなで協力してそれを汲み上げていく。役割分担もしながらやっていたので、作業はとてもスムーズだった。
そして、なんと今日は天井と屋根の張り付けまで終わってしまった。みんなでボーッとしながら建築途中の家を眺める。
「私たちって普通に作業をしていたはずだよね?」
「うん、そのつもりだったけど。でも、ここまで出来るのは予想外だった」
「五人で作業をすると、こんなにも早く進むんだね……驚いた」
「きっと役割分担が上手くいったからだよ」
「いや、それにしてもこの早さは異常だって」
分身たちとワイワイと話す。こんなに早く作業が進んだのは人数がいるお陰だ。もしかして、誰かが手早く作業を進めたからとか? そんなことを言い合った。
言い合ったとしても、答えは出ない。五人が腕を組んでうーんと悩むが、色んな事が思い浮かびすぎてはっきりとはしなかった。
「魔法のお陰か、人数のお陰か……」
「こんなの考えても仕方ないよ。両方のお陰ってことにしない」
「まぁ、早く仕事が進んで良かったね! ってな感じでいいかも」
「これが私たちの実力ってことだよ」
「もう考えるの面倒くさい。ここまでできたのは現実だから受け止めよう、うん!」
結局話はそれで終わった。まぁ、考えても仕方ないしね。現実が結果ならそれを素直に受け止めようと思う。色々考えるよりも、お互いを労った方がためになるしね。
「それにしても、色々魔法を使ったのに分身が持ったね」
「あと、どれくらい魔力残ってる?」
「うーん、まだありそう」
「なら、そんなに魔力を消費していなかったんだ」
「まだまだ、作業が出来るってことだよね。まぁ、今日は終わりだけど」
結構魔法を使ったのに、分身たちには魔力が結構残っているらしい。使った魔法の魔力消費があまりなかったのかもしれない。それとも、私の魔力が多いからかな。
「今日は終了ー。本体、早く魔力を吸い取ってよ」
「そうそう、早く家に帰って食事を作らなきゃいけないんでしょ」
「あ、もし食事作りで人手が欲しかったら分身残す?」
「この時間くらいだったら、分身いらなくない」
「はいはい、みんなの魔力を戻してもらうから並んでー」
分身を並ばせると、私は分身の手を握って魔力を吸い取った。すると、分身たちが次々と消えていき、私一人だけが残る。
じゃあ、薪を持って家に帰りましょうか。今日の夕食のメニューを考えながら、帰路についた。
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