174.ピザ(1)
「今日はね新しい料理に挑戦しようと思うの」
宿屋の食堂で朝食を食べながら私は二人に宣言した。
「創造魔法で作れる物の幅が広がって、今まで作れなかったものが作れるようになったの。その力を使えば、新しい料理を作れるんだ」
創造魔法の恩恵はとても大きかった。自分では作れなかったソファーが材料があるだけで、魔法を唱えるだけで作れたり。材料がなかった料理酒やみりんが、何もなくても手に入った。
想像したものが手に入る。創造魔法は本当に凄くて、少し停滞していた生活向上も目に見えて良くなってきたのを実感した。そして、今回も作りたくても作れなかったものに挑戦しようと思う。
「新しい料理ですか、とても楽しみです」
「なぁなぁ、どんな料理なんだ?」
「ピザっていう料理だよ」
「ピザ……名前からどんな料理が想像できませんね」
「勿体ぶらずに教えろよー」
名前を聞いたイリスは難しそうな顔をすると、クレハはちょっとだけ不機嫌そうな顔をした。まぁ、名前だけ聞いても分からないよね。
「ピザっていうのはね、パン生地みたいなものの上にトマトソースが乗っかって、野菜とかお肉とか乗せて、チーズっていう材料が乗っている料理だよ」
「パン生地みたいなものの上に色々乗っているんですね。ということは、手で食べる料理ですか?」
「そうだね。円状にした生地を何等分かに切り分けて食べる料理だよ」
「トマトソースと野菜とお肉は想像できるけど、チーズってなんだ?」
「チーズっていうのはね牛乳を固めて作るものなんだ。独特な味わいがあって、熱で溶けるよ。まぁ、溶けないチーズもあるけどね」
私の話を聞いても二人は想像できなかったのか、不思議そうな顔をしている。
「溶ける……キャラメルのように溶ける感じでしょうか?」
「そういう感じじゃないね。こう……ドロッとした感じになるよ」
「ドロッとか……なんだか美味しそうじゃないぞ」
ちょっと表現が悪かったみたい。でも、あのチーズの溶けた感じをどう表現していいのか分からないから言葉に詰まる。
「これは実際に口で説明するよりも、実際に食べてもらった方がいいかもしれないね」
「そうですね、今の説明だと良く分からない物を想像してしまいました」
「チーズっていうのがどんなもんか分からないもんなー」
「食べてもらえばきっと美味しさが分かるよ。今日は期待して待っててね」
「ノアがそこまでいうのも珍しいですね。期待して待ってますね」
「なんだか美味しいものをお預けされた気分だぞ。今日は早く帰ってくるからな」
ピザというものをしっかりと想像できないけれど、二人とも楽しみに待っていてくれる。これは気合を入れて作らないとね。
その時、ミレお姉さんが近づいてきた。
「あら、なんの話をしているの?」
「ノアが新しい料理を作る話だぞ」
「ピザっていう料理なんですけど、知ってますか?」
「ピザ? 聞かない名だわ、どこでそんな料理を知ったの?」
「えーっと、召使いの時にそういう料理と出会ったんです」
「へー、そうなの。違う地方の料理かしら」
危ない、前世の記憶からっていうことは伏せておいた方がいいだろう。ミレお姉さんは興味深そうにピザのことを考えていた。
「そういえば、ノアちゃんの作る料理ってどんなものがあるのかしら?」
「色んな料理があるんだぞ! 肉料理とか色んなものがあって、いくら食べても食べ飽きないんだぞ!」
「色んな種類のパンも作ってくれるから、ノアが作ってくれる料理がとっても楽しみなんです」
「そんなに色んな料理を作っているのね。違う地方の料理だったら、教えて欲しいわ。美味しかったら宿屋で出してみたいしね」
ミレお姉さんは私が作る料理に興味津々だ。でも、大体は材料が足りなくて作れないものばかりだから、簡単に教えられないのが難点だね。
「今度ノアちゃんの料理を食べれる機会があればいいんだけどな。でも、今は日常のことで手一杯よね。今度暇になったらノアちゃんの料理を食べさせてね」
「うん、そういう機会があったら食べてみて欲しいよ」
「その時を楽しみにしているわ」
そう言ってミレお姉さんは厨房に戻っていった。
「ノアの料理は美味しいから、きっとみんなが病みつきになるんだぞ」
「でも、そうしたらノアが忙しくなっちゃいますね。料理を作ってくれって言われて、大変になると思います」
「そうか、そうなるのか。これ以上ノアを忙しくさせるのは、ダメなんだぞ」
「二人ともありがとう。私の作っている料理は色んな材料を植物魔法で作っているから作れるんだよね。だから、そう簡単には教えられないんだ」
「そうか、材料がないと難しいもんな」
「だったら、ノアの料理を食べられるのは特権っていう感じですね」
この村の人にも前世の料理を食べて欲しいけれど、今の状態じゃ難しいかな。何かそういうイベントがあればいいんだけど、自分たちのことで精一杯だからそういうイベントはなさそうだ。
「もうちょっと豊かになって余裕が出てきたら、そういうことができればいいね」
「そうですね、今はまだそこまで豊かじゃないですものね」
「だったら、魔物討伐をもっともっと頑張って、村が豊かになる手伝いをするんだぞ」
「二人は魔物討伐を頑張って、私は農作業を頑張る。これで村が豊かになるといいね」
去年は食べ物がなくて困っていたけれど、今はそういうことはない。きっとこれから豊かになっていくんだろうから、日々の仕事を頑張るしかによね。
私たちは改めて仕事の重要性を感じ取り、やる気を漲らせた。
◇
二人と別れた私は家に戻ってきて、毎日のルーティーンをこなす。家畜の世話、酪農品の回収、それらが終わるといつもの農作業だ。分身魔法で分身を出して、みんなで農作業をする。
今日は野菜の生産だから、植物魔法を使うと色とりどりの野菜がなってとても綺麗だ。その野菜を収穫して、マジックバッグ化したリュックの中に詰めていく。
その作業を続けていくと、畑に生った野菜を収穫し、残った野菜を熟させて種を取った。これでお仕事は完了だ、残った茎や葉を火魔法で燃やして畑をリセットする。
畑には何も残らなくなった、これで次も問題なく畑仕事ができるだろう。分身たちを消した私は作物所へ行き、できた野菜を売りに出した。コルクさんは嬉しそうに野菜を受け取り、売り上げのお金を渡してくれる。
それが終わると、ようやく自分のことができる。急いで家に帰って、キッチンカウンターの前に立った。
「よし、早速チーズを作ろう」
食糧保管庫から牛乳が入った大きな瓶を出して、キッチンカウンターの上に置く。これから、創造魔法を使ってこの牛乳をチーズに変える。そのためにはイメージが必要だ。
チーズの作る工程を頭の中で想像する。チーズは牛乳の中に入っている固形部分が固まったもの、それをしっかりと頭の中でイメージをする。
牛乳の中に乳酸菌が入って、酵素の働きによって牛乳が凝固。固まった牛乳を一塊にして水分を取り、それを熟成させる。うん、チーズを作る工程はしっかりとイメージできた。後は創造魔法を発動するだけだ。
深呼吸をして心を落ち着かせると、創造魔法を発動させる。
「創造魔法!」
魔法を発動させると、牛乳が光りを放つ。その間、しっかりとチーズの作成工程を頭の中で描き続けて、想像したものを作り出していく。光りがぐにゃぐにゃと移動し、キッチンカウンターの上に乗ると光りが収束していく。
光が収まった後に残ったのは、黄色みがかった一つの固形のようなものだ。
「できた?」
できあがった固形を持ち上げて観察する。想像通りのチーズができたけれど、これが本当に想像通りなのか分からない。試しに包丁で角を切って手のひらの上に乗せると、発熱の魔法で固形を溶かす。
「あっ、溶けた! それにこの匂い……チーズの匂いだ!」
溶かしたところから漂ってくるチーズの匂い。手のひらの上で固形は溶けて、指で突いて離すと溶けたものが伸びた。その伸びた部分をパクリと口の中に入れる。
「ん、チーズだ! やった、チーズが完成した!」
食べてみると、それはまぎれもなくチーズだった。想像通りのチーズができて、一人で飛び上がって喜んだ。これでピザを作ることができる!
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