173.欲しかったもの
素材があれば、低コストで物が作れると分かった今、欲しかったものをどんどん作るチャンスだ。食べ物を作れると分かったけれど、食べ物以外が作れることも確かめたい。そう思った私は、薪を一本手にした。
そして、その薪を素材にしてスプーンをイメージして創造魔法を発動させた。すると薪が光り、それが収まると木のスプーンが三つ並んでいる。
「やった、食べ物以外でも想像通りにできた!」
簡単な構造だったから想像しやすかったのもあるだろうけれど、これで食べ物以外でも創造魔法が使えることが分かった。ということは、自分の思い描いた物が作れるというわけだ。
欲しくても手に入らなかったものが作れる。ずっと欲しかったもの、それはソファーだ。座る場所がダイニングテーブルのイスしかなくて、不便に思っていた。もっとくつろぎたい、その思いがずっとあった。
材料があれば低コストで作れるし、材料がなければ魔力を消費して物を作ることができる。今日は作りたいものが沢山あるから、材料を買ってきて魔力を温存しながら作ろう。
そうと決まれば、まずはソファーの材料から。木、布、綿、糸、釘くらいかな? イメージとしては木で枠を作って、釘でそれを固定。布を糸で縫って中に綿を詰めて、それを木枠にくっ付ければソファーの完成っていう感じだ。
うん、バッチリイメージできる。これなら、創造魔法でソファーを作ることもできそうだ。よし、早速仕立屋に行って材料を買ってこよう。
◇
仕立屋に行って材料を買ってきた。何に使うの? と質問されたけれど、魔法で物を作るのって言っても不思議そうな顔をされて終わってしまった。まぁ、こんな魔法があるなんて分からないよね。
「よし、材料をここに置いてっと。後は創造魔法を発動するだけだ」
必要な材料を床に置くと、手をかざす。深呼吸をして、しっかりと頭の中にソファーを想像する。ソファーの形、構造をしっかりと想像して、作業工程もしっかりとイメージする。よし、行くぞ。
「創造魔法!」
魔法を発動させると、素材が光った。光りに包まれた素材は形を変えて、私のイメージを形どっていく。材料の形が変わっていき、変化が無くなると光りが収束していった。そして、後に残ったのは……。
「……ソファーだ、ソファーができてる」
そこには四角い形をしたソファーができあがっていた。使用した魔力は多くなく、体の脱力感もない。想像通りにソファーができた証だ。
できあがったソファーに近づくと、座る部分を手で押す。すると綿がいっぱい詰まっているのかフワフワの感触がした。次にソファーに腰を下ろしてみる。フワッとした座り心地に、フワッとした背もたれ、まぎれもなくそれはソファーだった。
「ソファーだ」
呆然としたまま呟いた。お尻と背中が柔らかい感触に包まれるのを堪能していると、だんだんとソファーができた実感が沸いてきた。徐々ににやけた顔になり、嬉しくなってソファーの上に転がる。
「こんなものまで魔法で作れるなんて凄い!」
欲しかったものが簡単に手に入って、本当に驚いた。創造魔法って凄い、賢者の称号って凄い! この調子で今まで手に入らなかったものを作っていこう。
「次は……そうだ、料理酒とみりんを作ろう!」
次は欲しかった調味料を手に入れよう。確か二つに必要なのはお米だ、だけどここにはお米がない。ということは、この二つは素材なしで創造しなくちゃいけないってことかな?
残りの魔力量を考えると、一つしか作れない。魔力量結構ギリギリだけど大丈夫かな? うーん、また倒れたら二人に心配かけるし、今日の創造魔法はここまでにしよう。
日中も農作業をしていて魔力は使ったし、無理はしない。魔力さえあればいつでも作れるんだから、急がなくてもいいよね。でも、欲しいと思った今が欲しいんだよなぁ。
結局、今日は創造魔法の使用は我慢した。欲しい物は一気に手に入らないけれど、毎日やりくりすれば少しずつ手に入るのが分かっただけよしとしよう。
ソファーを作った後はいつも通り夕食の準備をして二人の帰りを待った。そして、二人が帰ってくると早速ソファーを見てもらう。
「じゃーん、これがソファーだよ」
「大きなイスですね」
「寝転がれそうなんだぞ」
「座ったり寝転がったりするイスだよ。フワフワだから座ってみて」
二人は興味津々とソファーに腰を下ろした。
「わっ、フワフワです」
「なんだこれ、全然お尻が痛くないぞ」
「柔らかいところは綿が詰まっているから、そんな感触になるんだよ」
「綿ってこんな感触なんですね。病みつきになりそうです」
「凄いぞ、凄いぞ!」
イリスはソファーに深く腰掛けて感触を確かめ、クレハは座りながらジャンプをして感触を確かめている。すると、クレハがイリスの足に頭を乗せてソファーの上で寝転がった。
「これはっ、横になるともっと気持ちがいいんだぞ」
「この感触ですから、気持ちよさそうですね。次は私にやらせてください」
「んー、嫌だぞ」
「もうクレハったら!」
感触を堪能しているクレハの頬をイリスが伸ばす。微笑ましいやり取りを見ていると、クレハのお腹が鳴った。
「ほら、クレハのお腹がなってるよ」
「うぅ、早く食事を食べたいけど、この感触から離れがたいぞ」
「どかないと美味しい食事が逃げていってしまいますよ」
「食べたいけど、まだ寝転がりたい……そうだ! このまま食べればいいんだ!」
「そんなこと許すと思う?」
「そうだよなー」
しょんぼりしたクレハはようやく体を起こした。それを見ていた私とイリスは顔を見合わせると笑う。
「食事をとったら、またソファーでくつろぎましょう」
「ソファーは逃げないから、大丈夫だよ」
「逃げた時は全速力で追いかけてやるからな!」
なんとかクレハをソファーから外すことができた。私たちはダイニングテーブルに移動すると、イスに座る。その時、イリスがあることに気が付いた。
「大きなイスがあんなに気持ちよくできるのでしたら、このイスも気持ちよくできるんじゃないですか?」
「そうか! このイスをフワフワにすることもできるのか!」
「あー、そうだね。できると思うよ」
ソファーも大事だけど、普段座るこのイスも大事だ。どうしてそのことに気づかなかったんだろう。木で作っただけのイスは座ると痛いし、背もたれも固い。これがソファーみたいにフワフワになったらどんだけいいだろうか。
「うん、このイスもあのソファーみたいにフワフワにしてみせるよ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「このイスもあのソファーみたいになるのか? 楽しみなんだぞ」
このイスもソファーみたいにフワフワになるというと、二人は嬉しそうな顔をした。
「このイスがあのソファーみたいにフワフワかー……きっともうイスから動けなくなるんだぞ」
「クレハなら魔物討伐にイスを持っていきたいって言いそうですね」
「ウチでもそんなことは……いや、それもありか?」
「ちょっと、変な知恵をクレハに与えないでよ」
「失敗しました」
クレハの欲しがりな表情をすると、私たちは渋い顔をした。魔物討伐にフワフワになったイスを持っていきたいと言ってきたらどうしよう。
その後、イスを魔物討伐に持っていきたいと匂わせて話してくるクレハに、私たちは精一杯の抵抗をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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