156.魔法の弟子(1)

「それじゃあ、行ってくるな!」

「今日も頑張ってきますね」

「村の平和は任せたよー」


 宿屋の前で二人にお別れをする。春になって再開した魔物討伐へ行く二人は今日も元気だ。この様子なら、村に魔物が入ってくるようなことにはならないだろう。


 いつも通りの仕事に出かけた二人を見送った後は家へと戻る。家に戻ると家畜のモモたちのお世話をして、放牧をした。今日も牛乳と卵がとれた、毎日食材が手に入るのは楽しいよね。


 世話が終わり畑仕事をしようと外に出ると、こちらに近づいてくる人影を見つけた。黙って待っていると、その人影がディルとティアナだった。


「ノア、おはよう」

「二人ともおはよう」

「お姉ちゃん……おはよう」


 ディルは元気よく挨拶をして、ティアナはまだ少し恥ずかしそうに挨拶をした。


「今日はどうしたの?」

「ほら、ティアナに魔法を教える約束をしていただろう? ティアナが今日から習いたいって言ってきたんだ」

「そうだったんだ」

「でもよ、リルは仕事をしているっていう話だから、確認しにきたんだ。今日は魔法を習う時間はあるか?」

「もちろん、大丈夫だよ」


 早速ティアナが魔法を習いに来たみたいだ。私は快く頷くと、二人とも嬉しそうに顔を見合わせた。


「良かったぜ。これから家の手伝いがない時に来てもいいか? まぁ、家の手伝いがあるからそう頻繁に来ることができないんだけどな」

「そうだよね、まだ村に来たばかりだからやること多いもんね」

「父さんも母さんも張り切っているし、俺はそのお手伝いをしないといけないしな。まだ力の弱いティアナは限られたお手伝いしかできないんだけどな」


 ティアナはできることは少ないが、農家の子になったんだからこれから色んな手伝いをしていくことだろう。農作業を手伝うためにも魔法を覚えたほうがいいと思う。


「農作業に役立つ魔法もあるから、それをティアナにも教えるね」

「そうなのか? ちなみにどんな魔法なんだ?」

「固い地面を耕す魔法だよ」

「それいいな! 今ちょうど畑を耕しているところだから、それがティアナが使えるようになると畑仕事が捗るぜ! ティアナ、頑張って習ってくるんだぞ」

「うん」


 地魔法を使えばティアナも畑仕事でできることが増えるだろう。真っ先覚えさせたい魔法で、ディルもその魔法を習うことに大賛成だ。話を聞いたティアナはやる気十分で、拳を作って見せた。


「じゃあ、また迎えにくるからよろしくな!」

「うん、じゃあね!」

「お兄ちゃん、バイバイ」


 ディルはティアナを私に預けると、走って家へと戻っていった。取り残されたティアナは不安そうな顔はせず、表情は明るかった。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん。私も畑仕事が手伝えるようになる?」

「もちろんなるよ。だって、ティアナには魔法使いになる才能があるんだもの」

「私、魔法使いになる才能があるんだ……えへへ、嬉しいな」


 魔法使いになれると思ったのか、ティアナは頬を手で覆いながら嬉しそうな顔をした。


「でも、先に畑仕事をしないといけないんだよね」

「あ、私ね魔法を習うんならお姉ちゃんの手伝いをしなさいって言われたの。だから、私もお手伝いするよ」

「ティアナが? 嬉しいけれど、手伝いは必要ないよ」

「どうして? お姉ちゃん一人でできることなの?」

「もちろん、それも魔法でできちゃうんだよ」

「えー、魔法でできちゃうの?」


 ティアナは魔法で畑仕事ができると思っていなかったみたいでとても驚いている。腕を組んでうんうん唸って考えるが、ピンとこなかったのか困った顔をしていた。


「魔法で畑仕事をするのは分からないよ」

「ふふ、まぁみてて。まずは畑に種を撒くところから始めるけれど、これじゃあ人手が足りない。だから、まずは人手を増やすことから始めるの」

「人手を増やす? わかった、妖精さんを呼び出すんだ。お姉ちゃんは妖精さんとお友達なんでしょ?」


 ティアナは妖精と言って目をキラキラさせた。妖精なんてこの世界にいるのか分からないけれど、それを信じるティアナはとても可愛らしい。


「妖精かー……いるんなら見てみたいな。ティアナは見たことあるの?」

「見たことないけれど、いると思う。だってね、朝起きたら綺麗な花が枕元にあった時があるの。きっと妖精さんの仕業だよ」

「へー、花が枕元にねー」


 目をキラキラさせて妖精のことを話すティアナはとても可愛かった。いるのなら、私も見てみたいな。


「でも、妖精さんの力は借りないんだよね。魔法の力を借りるんだ」

「魔法で? うーん、どんな魔法だろう」

「それはね、人が増える魔法だよ」

「人? 人が増えるの?」


 人と聞いたティアナは目をぱちくりして驚いた。そんなことは想像していなかったのか、困惑した表情になる。


「人が増える……分かった! 人を呼ぶ魔法だ!」

「ふふっ、違うよ。本当に人が増える魔法なんだよ。まぁ、見てて」


 私は分身魔法を発動させると、自分の分身を作った。一瞬で私の分身が増えると、ティアナは呆けた顔をして分身を眺めた。


「どう、これが人を増やす魔法だよ」

「……えー! おねえちゃんが、いっぱい!」


 ハッと我に返ったティアナは驚きで大声を上げた。そして、忙しそうに分身を見ていくと、フラッと体が揺れてその場に尻もちをつく。


「ティアナ、大丈夫?」

「お姉ちゃんがいっぱい、どれが本当のお姉ちゃんなの?」

「私が本物だよ」

「本当に? 本当に本物のお姉ちゃん?」


 ティアナを起こしに行くと、信じられないような顔を向けられた。まぁ、初めて見るとそんな反応になっちゃうよね。


「じゃあ、他のお姉ちゃんは何?」

「私の分身だよ。魔力を作って分身を作ったんだよ」

「魔力で作った分身? じゃあ、これが魔法なの?」

「うん、魔法だよ」

「……すっごーい!! 魔法ってこんなこともできるんだ!」


 ティアナが突然大声を上げて、立ち上がった。分身を一人ずつ触っていき、その存在を確かめる。


「すごーい、魔法でできたのに、本物みたい! どうなっているのー?」

「凄い魔法でしょ。どうして本物みたく出てくるか分からないけれど、できるんだ」

「魔法って火を出したり、水を出したりする魔法だと思っていたけれど、違うんだね。物語の魔法みたいに不思議なことが起こるんだ!」


 分身たちを触って感触を確かめるティアナははしゃいでいた。いつも控えめだったのにここまで喜んでくれるとは思ってもみなくて、ちょっと驚いた。


「お姉ちゃんの分身はどんなことができるの?」

「私にできることだったら何でもできるよ」

「えー、凄い!」


 パチパチと手を叩く。ティアナを驚かせないように分身たちは喋らないようにしていたけれど、この様子だと大丈夫そうだね。私たちは顔を見合わせて頷くと、いつも通りに動き始める。


「さて、小麦作りでもしますか」

「わっ、喋った!」

「喋ったりもするし、動けるよー」

「わわっ、凄い凄い!」

「ちなみに分身も魔法が使えるよ」

「火が出た、凄ーい!」


 分身たちが動いたり喋ったりし始めると、ティアナのテンションが上がっていく。慣れてくると、こんなにも表情がコロコロ変わる子だったんだね。控えめだったティアナとは大違いだ。


「そうだ、本体はティアナに魔法を教えればいいんじゃない?」

「そうそう、私たちだけでも畑仕事はできるしね」

「え、でも……いつも畑仕事してたしなー」


 急にそんなこと言われても困るなー。でも、折角分身を出したんだから、仕事は分身がやればいいのか分かっている。そのほうが楽だけど、いつも一緒に畑仕事をしていたから不思議な気分になる。


 腕を組んで悩んでいると、つんつんとティアナが私を突いてきた。


「どうしたの?」

「これから畑仕事をやるんだよね。だったら、私もお手伝いする。お母さんも、魔法を習うんならしっかりとお返ししなさいって言ってたの」

「ティアナは偉いね、お返しのことを考えてくれるなんて。うん、決めた。ティアナができるお手伝いのところまで、私も一緒に畑仕事をするね」

「分かった、ならみんなで仕事をしよう」

「じゃあ、種まきからだな」


 ティアナと分身と私とで畑仕事が始まった。

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