23.仕立屋
お昼にお肉を食べてお腹が満たされたお陰か、午後の仕事は昨日よりも早く進んでいった。小麦の刈り取りがすぐに終わり、クレハの手伝いをし始めると、凄いペースで作業が早まった。
とにかくクレハの勢いが凄い。
「肉パワー、うおぉぉっ!」
脱穀機の動力部分でもある足踏みが速いと、脱穀するローラーの部分も速くなる。すると、小麦の穂に当たる突起の速さが増して、脱穀が速くなる。
お陰でクレハの手伝いをする私と小麦の実を集めるイリスの仕事も必然的に速くなった。そんなクレハのお陰で脱穀は物凄い速さで終わっていき、昨日よりも量が多いはずなのに昨日よりも早く終わってしまった。
「すごいね、クレハ」
「昼食があったから頑張れたんだぞ! もっと食べれば、もっと頑張れるぞ」
「クレハは肉が絡むと面白いですね。明日は食べる量増やしてみます?」
「いいのか!? そしたら今日以上に頑張れるんだぞー!」
「一番大変なのはクレハの仕事だから、それくらいなら大丈夫」
「えへへ、明日はなんの肉を食べようかな」
甘やかすのは良くないけれど、これは甘やかしではない。仕事に対する正当な報酬だ。
「それに沢山小麦を作れば、いつかパンも昼食に食べられるかもしれませんしね」
「あー、なるほどね。もっと小麦を作れば、昼食にパンは食べられそう」
「ですよね! ここはノアとクレハに頑張ってもらって、私が精一杯お手伝いをする。そうしたら、パンを食べれる回数が増えます」
なるほどね、イリスなりに目的があったんだ。植物魔法で私が頑張って、クレハが脱穀を頑張る。二人が頑張れば頑張るほど、小麦の量が増え、結果的に作れるパンの量が増える。
そういう目的があったほうがやりがいもあっていい。私のやりがいは……とにかく二人が嬉しくなると私も嬉しくなる、かな。今はそれで十分、私が頑張ると二人も村も良いことづくめだし。
「じゃあ、私は残った小麦の穂と根を燃やしてくるよ」
「後片付けよろしくお願いします」
「イリス、どっちが多く小麦の実を取れるか勝負だ!」
「あ、先にやってズルい!」
シートの上に散らばった小麦の実をかき集め始めるクレハとイリス。それを見届けた私は、山になった小麦の穂を両腕で抱えながら畑へと向かっていった。
◇
「今日は七十キロだ。毎日小麦の量が増えて、本当に助かってる」
仕事を終えた私たちは作物所のコルクさんのところへとやってきた。どうやら今日の収穫は七十キロだったらしい、順調に小麦が増えていっているようで良かった。
コルクさんから報酬を受け取ると、私たちは外へ出た。まだ夕食を食べるには早い時間だ。
「そうだ、この村を見て回らない?」
「いいですね、まだ全部見回っていないので賛成です」
「ウチも賛成だぞ」
村に来たのに、あまり村のことを知らないことに気が付いた。私の提案に二人は乗ってくれて良かった。まず先に宿屋に行くと、荷車を置いておく。それから村の中の散策を始めた。
村の中心地には店らしき建物ばかりで民家は見当たらない。村の中心地以外の場所に民家があるのかな、そう思いながらお店の看板を見てみると気になるお店があった。
「服の絵が書かれてる……仕立屋さんかな?」
服か……今自分たちは着たきり雀になっている。予備の服は全くない。肌や服の汚れは生活魔法の清浄で綺麗にはなっているんだけど、気持ち的に替えの服がないのはちょっとね。
「ねぇ、この店に入ってもいい?」
「はい」
「いいぞー」
二人に聞いてみると、オッケーだった。早速扉を開けて中に入っていくと、目に飛び込んできたのは色んな生地だ。色とりどりで柄も様々ある生地が所狭しと並んでいた。
「いらっしゃい」
店の奥から声がして覗いてみると、赤茶色の髪を緩くみつあみしたお姉さんがカウンターに座っていた。
「見慣れない顔ね、新しく来た子?」
「はい。最近村に住み始めたノア、クレハ、イリスです。よろしくお願いします」
「ん、もしかして小麦を作っているっていう三人娘ってあなたたちなの?」
「うん、そうだけど」
「そうだったの! 来てくれて本当にありがとう、久しぶりに小麦粉を作った料理が作れたわ」
この村ではもう小麦を作っているのが私たちだっていうことが広まっているみたい。そのお陰で会う人たちみんな好印象なのは助かるよね。
「ここは仕立屋さん?」
「えぇ、そうよ。お客さんが生地を選んで、私たち夫婦が服を仕立てているの。見たところ、かなりほつれているところがあるみたいね」
「事情があってこの村に来たんだけど、荷物が全然なくて。服もこれ一着しかないの」
「あら、そうなの? それだったら、ここで服を仕立てていったらどう?」
「うん、お願いします」
「あなたー、お客さんよー。ちょっと手伝ってー」
お姉さんが店の奥に声をかけると、奥から旦那さんが出てきた。深緑色の髪を短く一本で結んだお兄さんだ。
「お、始めてみる顔だな」
「ほら、小麦を作っているっていうあの三人娘の」
「あー、そうなのか!? よく来てくれたな、歓迎するよ」
「私が採寸するから、記録とってね」
「分かったよ」
お兄さんにも歓迎されて、ちょっと照れくさい。
「先に誰から採寸する」
「じゃあ、私からで」
「分かったわ、ここに立って腕を水平に持ち上げて頂戴」
指定の場所に行くと腕を水平に上げる。すると、すかさずメジャーを持ったお姉さんが長さを測っていく。お姉さんが長さを測ると、その記録をお兄さんがしていく。そうやって、全身の採寸を進めていった。
私の採寸が終わると、イリスの採寸。イリスの採寸が終わると、クレハの採寸。三人とも順調に採寸が終わった。
「これでいいわ。ところでどんな服がいいのかしら?」
「ウチは動き回るからシャツとズボンがいいぞ。ズボンも動きやすくして欲しいぞ」
「私はワンピースがいいです。長さは膝丈くらいは欲しいです」
「私は襟付きのシャツに膝丈くらいのスカートがいいな」
「よし、記録したよ」
「じゃあ、次に生地を選んでね」
と、そんなことを言われたが。
「この中から」
「選ぶの、か?」
「多いです」
店の中に所狭しと置かれた生地は数えきれなくて、色も柄もいっぱいあって決めきれない。組み合わせも考えなきゃいけないし、とても難しそうだ。
「うー、こんがらがってきたぞ。これとこれか、それともそれとそれか?」
「何か基準とかあるんですかね。こんなこと初めてでどうしていいか分からないです」
「こんなに数があったんじゃ、組み合わせは無限にありそうだね」
クレハもイリスもどんな風に組み合わせたらいいか分からないらしい。色々な生地を見て回るが、どれがいいかなんていうのは分からないよね。私も分からない。
「おや、悩んでいるようだね。それだったら、僕たちにお任せなんて言うのもできるよ」
「お任せかー」
「そうそう。村の人たちも決めきれなくてお任せにする人もいるから、それでもいいわよ」
「ウチはお任せにするぞ!」
「私もお任せにします」
「私もお任せで」
「はい、承りました」
素人が決めるより、プロが決めたほうがいいよ。三人ともお任せをお願いすると、お姉さんは喜んで引き受けてくれた。
「今は他の仕事をしてないから、すぐにできると思うわ。とりあえず、明後日の今頃に来てくれないかしら」
「えっ、そんなに早くできるの?」
「もちろんよ、なんてったってここにはミシンがあるんだから」
この世界にもミシンがあったんだ!
「ミシンってなんだ?」
「布を縫ってくれる機械のことよ。魔力で動くようになっているのよ」
「そんなに凄いものがあるんですね!」
「そうよ、この店を作る時に奮発しちゃったの! この村がいずれ大きくなってお客さんが多く来てくれることを見越してね、先行投資ってやつよ」
魔力で動くミシンなっていうのがあるんだ、異世界だなぁ。構造とかは前世のものと変わらないのかな。ちょっと気になるけれど、あんまり突っ込むと変に思われそうだから止めておこう。
「だから、縫うのは早く終わるから早く仕上がるのよ。期待して待っててね」
新しい服ができる、それが嬉しくて堪らない。三人で顔を見合わせ、初めてのオーダーメイドの服に笑顔になった。
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