3.勇者の卵、聖女の卵
「この三人は今は同じ境遇だから、協力し合えたらなんとかなるんじゃないか?」
クレハが自信満々にそんなことを言い出した。すると、イリスは嬉しそうな顔をして手を叩く。
「それはいいですね。一人より二人、二人より三人です。三人の力が合わされば、きっと素敵なことが起こると思います」
どうやらイリスも賛成みたいだ。でも、こんな見ず知らずの私がこの二人の間に入ってもいいの? 一人よりも心強いけれど、簡単には話を受けられないな。
「ノアはどう思いますか? とってもいい案だと思うんですけど」
「な、な? ノアもそう思うだろう? この三人でやっていこうぜ!」
どうしてこの二人はこんなに乗り気なの、私の考えが間違っているの? やっぱり育ちが違うからかな、二人は孤児院で育ってきたからこういうことには積極的なのかもしれない。
それに比べて私は自由になったばかりだし、今まで抑圧されて生きてきたから、環境の変化についていけない。ちょっと待てよ、変わらないといけないのは私かもしれない。
これから新しい環境に身を置くんだ、今までのままだったらいけないと思う。新しいことをやるのに一人じゃ不安だけど、誰かがいるこの状況は得難いものかもしれない。
一人で生活するのは不安なことばかりだけど、誰かがいるだけでその不安が解消されるかもしれない。出会ったばかりの二人だけれど、今までの様子を見るにこの二人なら大丈夫なんじゃないかって思えてくる。
もし、ダメになった時は逃げればいいだけの話だもん。ここは話を受けてみよう。
「分かった、三人で協力し合おう」
「その言葉、待ってたぜ!」
「良かったです」
私が承諾すると二人は手を叩いて喜んだ。こんなにいい子なんだから、悪いことなんて起きないよね。
そうだ、すっかり忘れていたけれど私には鑑定のスキルがあるんだった。召使いをしていた時はこの能力があることは隠していたから、あんまり使ってないしレベルも一だけれど。ちょっと、この二人を調べさせてもらおう。
【クレハ】
年齢:十歳
種族:狼獣人
性別:女性
職業:孤児
称号:勇者の卵
【イリス】
年齢:十歳
種族:人間
性別:女性
職業:孤児
称号:聖女の卵
……勇者の卵、聖女の卵ってどういうこと!?
全然鑑定のスキル使ったことないから分からないんだけど、これって凄い称号なんじゃないの? そんな凄い称号持ちがこんなに簡単に見つかっていいものなの?
というか、この称号を持っていたと知れたら孤児なんてやってなかったかもしれない。これって周りに知らせた方がいい称号なのかな、それともそっとしておいた方がいいのかな?
一緒にいて大丈夫かな、何かに巻き込まれたりしないかな。こういうのは自然と何かに呼び寄せられたり、呼んだりとかしそうだ。あぁ、どうしよう。
「ノア、どうしたんだ?」
「え、いやっ、なんでもないよっ」
「そうですか?」
「そ、そうそうっ」
きっと、大丈夫だよね。何にも起こらないよね。平穏無事に暮していけるよね。
「そうと決まったら、ハイベルクの町まで行くぞ!」
「あ、待ってくださいクレハ!」
急にクレハが荷物を背負いながら走り出し、その後をイリスが追う。あんなに大きい荷物を背負って走れるのは凄い、流石勇者の卵、なのかな。私も遅れないように二人の後を追っていった。
◇
その日の夕方、人々は地面に腰を下ろした。今日のここまでのようだ、私たちも地面に座り込んだ。それと同時に二人からお腹の虫の音が聞こえてきた。
「あはは、町を出てから何も食べてないからお腹が減ったよ」
「次の町に着くまで我慢ですね」
しょんぼりとそんなことを言った二人。そうか、二人は町を出てから何も食べてないんだ、どうしてそれに気が付かなかったんだろう。ここは協力する時じゃないか。
「クレハ、そのリュックを返してもらってもいい?」
「あぁ、もちろんだ」
クレハからリュックを受け取ると、蓋を開けて中身を見る。大量の加工肉と水が入っている、これを分けないで仲間と言えるだろうか。
「二人ともこれ」
「なんだ? ……そ、それはソーセージじゃないか!?」
「こんなに大量のお肉が……それに水もありますね」
「これをみんなで分けて食べよう」
そういうと二人の目が輝き出した。でも、すぐに辛そうな表情に変わる。
「で、でもいいのか? それはノアの物じゃないか、私たちが食べてもいいのか?」
「大切な食糧を本当に分けてくださるんですか?」
途端に大人しくなった二人。それを見て、なんだか可笑しくなっちゃった。あれだけ協力してくれたのに、私が協力しないで誰が協力するというんだろう。
「もちろんだよ。クレハは荷物を持ってくれたし、イリスは怪我を治してくれた。それに今は仲間でしょ、助け合わないと」
「ノアッ……助かるぜ!」
「ありがとうございます、ノア」
二人は感極まったような表情をした。うん、称号とか気になるけれど、今はこれが正解だよね。
「何食べたい? ソーセージ、ベーコン、燻製肉、沢山あるよ」
「ウチはソーセージ!」
「私もソーセージが食べたいです」
「よし、みんなでソーセージを食べよう」
リュックの中から大きなソーセージを一本取り出す。ソーセージの端っこを持つと、手をかざす。
「発火」
なんとなく唱えて生活魔法の一つである発火を発動させる。すると手のひらから五センチくらいの火が灯り、ソーセージを焼いていく。
「へー、すごいな! 魔法が使えるのか?」
「こんなの生活魔法だよ、普通の魔法とは違う沢山の人たちが使える小さな魔法だよ」
「それでも凄いですね。私は生活魔法が使えないので羨ましいです」
生活魔法でこんなにいい反応が帰ってくるなんて驚きだ、でも正直嬉しくなる。そのまま発火の生活魔法でソーセージを焼いていくと、いい匂いが漂ってくる。
肉が焼け、パリッと皮がはじけると美味しそうな肉汁が溢れだしてくる。うん、ここで炙るのを止めておこう。火を止めると、こんがりと焼けたソーセージの完成だ。
「まずは、クレハから食べる?」
「いいのか? 頂くぜ!」
ソーセージを渡すと、嬉しそうな顔をしてクレハは受け取った。そして、すぐに頬張るとパリッとしたいい音がする。
「ん~~っ、うまい! こんなに美味しいもの、初めて食べたぞ!」
そりゃ、ご主人様が食べるはずだったソーセージだから、凄く美味しいに違いない。クレハはがつがつとソーセージを食べていく、本当に美味しそうに食べるので見ているこっちがお腹が減ってきそうだ。
もう一本のソーセージを焼くと、それをイリスに渡す。イリスは恐る恐る口にして、パリッという音と共にソーセージを食べた。
「んっ、美味しいっ」
目を見開いて、ソーセージをまじまじと見つめる。そして、味わうように一口ずつ大事に食べていった。
美味しそうに食べる二人を見ながら、自分のソーセージを焼く。いい匂いが立ち込めて、パリッと皮がはじけて肉汁がはじけ飛んだ、頃合いだ。
魔法を止めて焼きたてのソーセージを頬張る。プリッとした弾力で噛めばパリッと音を立てて簡単に噛みちぎれた。それを口の中で咀嚼すれば、肉のうま味が口いっぱいに広がって堪らなくなる。
「んー、美味しい!」
召使いの時には食べることが叶わなかったソーセージを食べられて幸せだ。それに誰かとこうして美味しいものを食べると、もっと美味しく感じられる。
この先、どうなるか分からないけれど、この二人と上手く付き合っていけたらいいな。
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