第5話 異世界、銀座
これは神出鬼没な新手の詐欺かもしれない、と内心、疑念はあったものの、縋るような果報に、僕は圧迫されてしまい、卵から孵化した小鴨が、初めて見た生物に付いていくように、僕は青年に連れられ、その銀座のバーに気が付いたら向かっていた。
銀座なんて、生まれてこの方、初めて足を踏み入れた。
東京に住んでいた幼い頃でさえも無縁な異世界だったから、十五歳の致し方無い少年である、平凡な僕が実感も沸くわけがない。
通りすがりの大人たちは、皆一概にケチも付けぬほど、裕福そうであり、競争とは縁もゆかりもない、瀟洒なスタイルで優雅に決まっていた。
銀座を象徴する、ランドマークの和光の時計塔が、洗練された小夜中の大通りに向かって、華麗なライトアップを物怖じもせず、我が物顔で輝いていた。
狂歌を諳んじたような、青年の話はどうやら、信憑性があるように覚えた。
こんなみみっちい僕も半ば、投げやりになっていた。
いくら、古書店の宍戸さんに拾われて、身寄りのいない、東京へうろついても、実際は将来への不安と経済的な欠乏しか、突きつけられないのに、僕は甘い詐欺には末恐ろしいほど、不得手だった。
そのバーは高級店が幾店舗も立ち並ぶ、銀座四丁目の白亜のビルの地下にあった。
世間的に有名か、どうかは定かではないが、外観からして、一見さんお断りを掲げそうな、若蔦が絡まり、仄かに薄暗い大理石の階段が、そのイノセンスな選民意識を提示していた。
青年は足を止め、階段の前のキーを押して、店内に入った。
「ここからは俺は入れないから。どうぞ。君は全く運がいいね。いい人に拾われて」
青年がどういった、意味合いで僕にそう、意味深長な発言を放ったのか、もっと敏感に察せば良かったとさえ、後悔する羽目になるなんて思いもしないよ、と心の奥底で憫笑した。
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