第60話 咽喉を潤す冷や水


 教科書の重要な語句を炙り出した、語句をノートにオレンジ色のペンで書き出し、後でオリジナルの参考書として演習できるようにまとめ上げた。


 分からない箇所はネットや辞書、勉強動画で調べ、抜け落ちている知識がないか、確認した。


 その勉強だけでも十分頭には入ったからやっていて無駄はなかったと思える。


 


 高卒認定試験は共通試験と同程度の難易度なので、大学受験を目指している、僕には有難かったし、参考書も重宝していた。


 本当は全国模試も受験したかったのだが、金銭的に余裕はなかったので受けたくても我慢するしかなかった。


 


 現代文や古文、漢文は普段、孤月書房での古書を読み漁っているおかげで、理解に役に立った。


 英語も読解問題に関して僕は得意分野だったし、数学も孤月書房にあった数学辞典のおかげで、噛み砕くように分かった。


 生物や化学も教科書を丁寧に読み込んで、何とか分かろうとした。


 歴史や地理は孤月書房での仕事が大いに役に立った。


 高卒認定試験の過去問を解いたら、ギリギリ合格点に達していたので、独学でここまでやれて良かったじゃないか、と多少なりとも自信にはなった。



「辰一君はすごい努力家だ。君ならば今後の人生において必ず飛躍する。おじさんのこの台詞を今は信じられないかもしれないけれど、君ならば必ず、大器晩成できる」


 宍戸さんが僕を助けてくれたからこそ、この大都会でホームレス生活せずには済んだのだから、僕にとっては命の恩人だ。



「高卒認定試験に向けて頑張っているか?」


 本の選定をしながら僕は会話を続ける。僕ははい、と素直に応じながら、仕事は仕事して率先して怠らず、やり通した。


 顧客が来たとときに褒められるのも一度や二度ではなかった。


 


 ここに来るお客さんは人柄に非の打ち所がない人が多かったし、インテリジェンスな包容さで排他的ではない人も多かった。


 宍戸さんに邪心のない褒められ方をすればするほど、僕の中にある、自尊心のなさもゆっくりと氷解し、咽喉を潤す冷水のようになれる、と信じられた。


 

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