第59話 月影古書店


「うちにはコアなお客さんも多いんだ。君も知っているような著名な学者や作家も顔見知りだ」


 仕事中なのに僕はその話題に好奇心に駆られて質問攻めにしてしまった。


 そんな無礼な僕にも宍戸さんは懇切に教えてくれた。



「君は本当に知的好奇心が旺盛なんだね」


 感慨深げに賞賛する、宍戸さんに僕は大量の本を梱包しながら、雑材消耗品の作業を進める。


 店内の蔵書は地震が発生したら、一発で倒れそうと心配してしまうほど、うず高く積まれている。


 耐震性の補強工事をしたばかりだ、と宍戸さんは前に言っていたけれど、そもそも、古本屋とは蔵書を管理するのが、本業だから本の海に埋もれてしまっても、それが宿命なのかもしれない、と妙に納得する。



「どうしたら、一冊の小説なんて書けるんでしょうか。僕は長い文章を書けないんですよ」


 読書家のあるあるを僕が口にすると宍戸さんは気さくに笑った。



「聡い君ならば素晴らしい物語が描けそうだ。君ほど読んでいる青年も久しぶりに見たもの。君は自信がなさそうに世の中を憂いているような浮かない顔をしているけれど、世の中の大人は君が思うほど悪くはないよ。君は一を聞いて十を知るような賢明さを持っているのだからもっと信じていい」


 宍戸さんからの勧めで僕は七月に行われる、高卒認定試験に向けて暇を見つけては、勉強していた。


 


 あの通信制高校では三分の一ほどの高校の単位を修得はできていた、と学園側のペラペラの通知表には書いてあったので、自分一人の力で受験票を取り寄せた。


 自分で郵便局に行って手続して、受験票を郵送してもらい、その送られた受験票を胸に仕事中も参考書を開いて勉学に励んでいる。



「君ならば合格できるよ。よくもまあ、高校で習っていない、履修範囲を独学でやれてすごいよ。参考書と教科書だけで修学して君の能力には讃嘆に値するよ」


 この孤月書房で稼いだ給料で神保町の三省堂書店に出かけて、高卒認定用の教科書と参考書を買えば、その値段も馬鹿にはならなかった。


 


 一万円は優に超え、かなりの痛手になった。


 節約をモットーにしているとはいえ、僕の希少なポケットマネーでは、それなりの出費になった。


 しょうがない。


 勉強のためには必要なのだから、と僕は僕に言い聞かせながら最短距離で合格しようと懸命に勉学に励んでいた。


 

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