第147話 冬の暮、バームクーヘン
箱から取り出したバームクーヘンをフォークで切り出し、三等分に分け、紙皿にのせた。
糖蜜がたっぷりとふんだんにかかったバームクーヘンは、その分厚い生地も新鮮な黄身が混ざり、香り高い匂いも鼻腔の中に緩やかに入っていく。
固いカラメルソースの表面を僕が船頭を取るようにフォークでつつきながら食べると、少女もまた、食欲に釣られて食べ始めた。
「お腹ぺこぺこ。朝から何も食べていないもん」
少女は十代らしい流行に後れまいといった、微笑を浮かべて、バームクーヘンの一片を口にした。
「甘い! 美味しい!」
少女は少女らしい微笑みで感想を述べた。
「良かった。口に合って」
当の北崎さん自身は食することもなく、ぼんやりと夕空を見ながら項垂れていた。
あまりにも変わり果てた彼女の末路に僕はひたすら、憐れむしかない。
あんなに根拠のない自信に満ち溢れた高慢さは一切なく、まるで、汚れた器が煮沸消毒で殺菌されたようだった、と僕は適格じゃない感想を持った。
「ママね、全然喋ってくれないの。あたし、何度も声を掛けたんだけどママは無口になってしまった」
少女が心配そうに説明しても、当の本人は反応もしない。
「ママは寡黙症になったかもしれない、とお医者さんから言われた。精神的なショックで喋れなくなる症状で、失声症とも言うんだって」
僕はその診断名にショックを禁じ得なかった。
そこまでして、彼女は精神的に参ってしまったのか、と挙措するしかない。
「ママは喋れないからあたしが会話に立ち入るの。お医者さんともノートで会話するし、あたしが中に入る」
少女は前よりも生き生きと目が輝いているように見えた。
「あたし、夢が見つかったんだ」
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