花影よ、この世を祓い給え

第146話 冬日影少年


 僕が彼女、いや、北崎ゆかり女史と入院中の面会に立ち会ったとき、万物流転の季節は移り替わり、木の芽月の宵時雨が付かさず、無表情に地塊へと降り続いていた。


 代々木公園の白梅が綻ぶ二月尽、僕は厚手の黒い外套を羽織り、都内の某所の大学病院に出向き、重苦しい沈黙を貫いたまま、その病室へ足を運んだ。


 霜夜に凍える病棟は冬日影に晒され、悴んだ小指さえも冷たくなるような、居心地の悪い薄氷のようなところだった。


 


 憔悴し切った彼女は、ベッドに座り込み、疲れ果てたように寒風が吹き込んだ床頭台を前に項垂れていた。


 その様子を見て僕は、前の彼女にあった自身に満ち溢れた傲慢さがそぎ落とされ、生身の彼女が露呈されたのだ、と鑑みた。


 白い真冬の外光に照らされた、彼女の滑稽なほどの惨めな姿に僕はもう、あの頃のような苛立ちや憎悪を一切覚えなかった。


 冬の暮の小部屋の隅っこに蹲る、彼女はこんな不運に遭遇した経過で、自分自身の良心を取り戻したのだ。


 今の僕ならば、そう、納得できる。



「大丈夫ですか。澪さんは」


 僕は彼女の隣に少女、彼女の娘の澪さんが看病しながら、僕に気付いたのを目撃した。


「久しぶり。辰一君」


 少女はこんな悲惨な事件があったのにも関わらず、平然としかしながら、献身的に母親を看病していた。


「来てくれて嬉しい。あたしくらいしか、見舞いに来てくれた人、いなかったし。あっ、週刊誌の記者さんはたくさん来たけど」


 その週刊誌の記者も他人の不幸を飯代にするしか、生活を安定させる術がないのだ。


 同情の駄賃を握りつぶしながら、あまりにも変わり果てた姿に僕は息を呑んだ。



「さっき、すぐ近くの洋菓子店でバームクーヘンを買ってきたんです。良かったら召しあがりませんか」


 こんな事態に何を僕は誠心誠意、説明しているのだろう。


 とは言え、今の僕にはこの些細な会話くらいしか、うまく伝えられなかったのだ。


 それもまた、内輪もめした、僕の心の弱音。


「バームクーヘンを切り分けますね。澪さん、食べるかい?」


 

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