第148話 白木蓮
僕はその少女の夢に耳を傾ける。
「あたし、看護師になりたい。あたしの学力でもちゃんと入学できるような学校を探しているの。ママの力を使わなくても自力で入れるような専門学校に行くって決めている。ママの世話もしないといけないし、ママをあたしが助けないといけないから」
ヤングケアラーになったばかりの少女に何と声を掛けたら適切なんだろうか?
「あたし、ママを介抱してくれた看護師さんを見てカッコいいと思えたんだよ。人間の命や心を救う仕事って何て、カッコいいんだ、と思ったの。留学する夢は諦めたけど、海外ならばお金を貯めたら行けるし、元気になったママとあたしが稼いだお給料で、エッフェル塔に行くんだ。それがあたしの今の夢」
親愛なる少女に僕は頼もしさを覚えた。
むしろ、前の彼女よりも生きる力が漲り、器量が良くなったと思えた。
地に足のついた少女ならば、どんなに嵐に見舞われても、今の彼女ならば、立ち向かい、果敢に挑戦できるだろう。
「辰一君の今の夢は何? あたしは見つけたよ」
その質問に僕はハッと我に返った。
「僕の夢?」
「うん。看護師ならね、お金がなくても何年か、その並立された病院で働けば、学費も全てカバーしてくれるんだって。お金がないけど働きたい若者の多くが勉強して、資格を取って、働いている」
看護師の夢を語った少女に、僕は不本意ながら雪濁りのような涙が流れてしまった。
「大丈夫? 何か、悪いことを言った?」
違う、違う、と僕は首を横に振りながら少女の毅然とした態度に感銘を受けた。
「お母さまもきっと喜ぶよ。君なら叶えられる」
一足先に行った夢を抱いた先輩に僕は頭を下げる。
「じゃあ、僕はこれで」
遠景を見つめていた北崎さんが僕らの会話を聞いて、冬日影の中で少しだけ笑ったような気がした。
もうすぐ春隣、底を打つような寒さも彼岸まで、さっき見かけた街路樹の木蓮が綻んでいたから。
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