第26話 神話的
母親とは違い、娘はどうやら、素直すぎる性格のようだ。
母親とは真逆のこんなにも人見知りしない性格ならば、下手をすると、巧妙な詐欺に引っかかってしまうのではないか、とあらぬ心配までしてしまう。
「澪っていうんだ。君の名前。綺麗な名前だね」
「そう? 名前を褒めてもらったの、初めてかな。嬉しい。みんなに読み方を聞かれることはあっても褒めてくれたことはなかったから」
あどけなさが残る少女は僕のお世辞に素直に応酬した。
「あたし、あなたの顔、好み」
初対面なのにあけすけと本音をぶつけるのは、あの北崎ゆかり女史とよく似ている。
普通、どんなに人目惚れしたとしても、こうやって、人の外見に意見を述べるだろうか。
まあ、それはいい。
母親があんな怠惰な性格ならば、娘もそうなのだろうから。
「あなたの名前、何」
僕は銀鏡辰一、とつい、ぶっきらぼうに答えた。
「銀に鏡、と書いてしろみ、と言うんだ。辰一は辰年の辰の字でしんいち、という。そういう難読地名が僕の故郷にはあるんだよ」
少女の曇った眼が好奇心に駆られ、ロマンチックな苗字だね、と母親と同じ感想を述べた。
「お伽の国の皇子様の苗字みたい。素敵」
神話的な苗字を持つ僕には幾許かの誇らしさも生まれた。
「だって、あなた遠くから見ても目立つくらい、綺麗だよ。あなたがここにいたのもあなたが綺麗だったから、あたし、気になって来たくらいだもん」
少女のお世辞も母親と語気が同じだったことに僕は認めた。
「そんなに褒めなくてもいいよ。僕の顔に何か付いているのならば別だけど」
だいたい、綺麗と褒めそやす連中は禄でもない奴らのほうが多いから、僕はあえて沈黙した。
「何もついていないよ! 何で、そんなに自信がないの? あたしも見惚れるくらいなのに」
自信なんて付くものか、と痺れを切れそうになる。
少女のぞっこんには舌を巻くほどだったが、あの北崎ゆかり女史の一人娘に、僕らの関係性をばらしたくもなかったので、僕は木工薔薇を愛でながら適当にあげつらった。
「学校に行きたくないなあ。あたし、頭悪いのにママがあれこれ立ち回らせて、ガードしてくれるから、今の学校にも行けるけど、成績はどん尻だし、鈍間だもん」
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