第4話 卯の花月夜、疾走


 卯の花月夜、鐘楼の前の九段下駅は、仕事帰りの残業に東奔西走した、サラリーマンやOLで、ごった返していた。


 車道も仕切りなしに高級車が行き交い、都会の雑踏に僕は揉まれようと画策している。


 薄墨色の夜空が何となく、大都会が吐き出す、不安、という硝煙を吸い込みすぎて、その夜空を見上げた僕も息苦しい。


 


 こんな不釣り合いな、アドバンテージにたむろするのは、少しでも森の息吹を感じて、純真な僕をキープしたいから、違う、ただの譫言。


 


 明日から、孤月書房の書庫で本を整理しないといけないのだ。それとゴールデンウイークに向けて、町全体で行われるフェア祭の古本祭りが開催されるから、その準備だって、手伝わないといけない。


 


 頼りにされる仕事という、社会的な充足が僕にはあるだけでも、まだ、恵まれているのだろう。


 住処を失い、路上生活者も多い、この大都会・東京で雨宿りできるだけでも、奇遇だと思え。



「君、何しているの」


 置き石に腰掛けていると、とある成金風な青年から、声をかけられた。


 僕より何歳か、年上のようだが、まだ幼さの残るニキビの痛々しい、窪みが印象的な青年は、悪巧みを隠し切れない、したり顔で僕を嘲笑った。



「こんなところに君みたいな、お上りさんがうろうろしても、悪目立ちするだけだぜ。ああ、いい場所を紹介してやろうか。君みたいな、有能な若者に興味がある、名門私大の偉い先生がいらっしゃるんだ。銀座のバーに彼女はお出ましなんだが、君も行ってみるかい?」


 青年がどうやら、流行りの詐欺グループの売り子のようにも見えたが、それは僕の勘違いだったのだろうか。


 


 閑話休題、それを別として、青年はその先生の名に、意外な人名を宣告した。


 その人名はたいていの読書家ならば、誰もが知る論壇時評で、貧困問題について、舌鋒を凝るのが巧みな女性教授だ、と目星を付けるだろう。


 青年はその確固たるの証拠に、彼女の名刺を僕に渡した。


 

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