第3話 花筏
他の子供が青春を謳歌している時間帯でも、働きながら必死になって、母さんの借金を世話して、母さんの病状を苦慮して、我慢ばかり強いられて、底を這うような、苦難に立ち向かっているのに、ああ、神様、僕の居場所は手の届かない、天界にでもあるというのか。
花万朶の月影に隠れた、皇居の鎮守の境内のような森は、僕の故郷に広がっていた豊かな森と同じだった。
大都会の東京にあの銀鏡の森、いや、的確に言えば、日向の殯の森がひょっこりある、と伝えたほうがしっくりくる。
夜桜の月夜の森にはどんな人であれ、受け入れるだろうに、人間には人間にさえ、選び取る力が備わっている。
華やかな飛花落花、暗い森の奥に住む水鳥や狸、螢、揚羽蝶はどう、最底辺で苦しみもがいている、僕を見つめているのだろう。
千鳥ヶ淵の前の鐘楼の前で、僕は一休みをした。
千鳥ヶ淵の湖面は花筏となり、優艶な花影を禁中に模していた。
清らかな花明かり、身体は清潔感を保っているから、後ろ指をさされるような嘲笑はないだろうから、知的に本を読んでいれば、大概の人は慎ましい学生が、気まぐれに夜に出向いたくらいにしか、そうは思わない。
孤月書房さえも昨今では、本の売り上げが下降気味になり、経営的にも逼迫している、と勤務するようになってから、嫌でも把握しているから、僕も贅沢はできない。
半ば居候の身ではつべこべ言わず、忍耐強く、与えられた使命を全うするのが、先決だと思うからだ。
世の中ではどんなに足掻き、辛抱強く、我慢していても、越えられない鉄壁が存在するから、自堕落な僕は、迫りくる運命にひたすら、身を委ねるしか秘策はない。
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