第2話 花散る宵の詩
宍戸さんの実家があった、新宿区の路地裏にある、築四十年の建造の、古いアパートの一室だった。僕はそこで終の棲家のような、安住の地を得られた。
あばら家ではあったかもしれぬが、雨宿りできる場所があるだけでもまだマシだと思えたし、親切な人に巡り合えただけでも僕はとても、運が良かった。
秀麗な春夜の、月明りの下、皇居の内堀通りまで足を運んだものの、東京での生活の楔に打ち勝つわけでもなかった。
卯月の、花散る、夜半の皇居周辺の大通りは、練習熱心な皇居ランナーで賑わっていた。
各々、充実した多忙な毎日の、運動不足解消のために、颯爽と走るその雄姿は、まるで、僕の人生の悪態とは無縁な、ブルジョワ的な優雅さを纏っていた。
花篝、街中の雑踏を歩く際は、見下されぬように、清潔さを保つように心掛けてはいたものの、ランナーの身体の内側から輝くような、鄭重な着こなしをまざまざと見せつけられると、僕の歩んだ道程が如何に凄惨で、哀れみしか、世間一般の人は印象に残らないか、と突きつけられる。
伯父さんが銀鏡にいる頃、誇らしげに何かとあれば口にしていた、あの格別な話題を思い出す。
『銀鏡では数年おきに、宮内庁に神楽を奉納するために、泊まり込みで、一族総出で上京するんだよ。普段、一般の人なら、禁則地の神宮に舞を捧げるんだよ。皇居の中に招かれるなんて、滅多にない機会だからね。若い頃から、俺も何度か、舞を奉納するために、畏れ多くも禁中に招かれたことはある。神楽保存会でも、宮中に出入りが許されるのは、宮崎県でも限られた人しかないんだよ……』
――こんな時にどんな後ろめたい、種類の感傷に浸っているんだろう?
花疲れ、僕は県内でも首席だったのに高校進学さえ、悉く辞退させられたのに?
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