第141話 腐敗


「君はそんな過ちをする人じゃなかったのに」


 涙声さえも打ち消すような緘黙に僕は何て声を掛けたらいいのか、その判断に迷った。



「何でこんな」


 僕が一方的に話しかけても彼の曇った悲愴感に良薬はなかった。


「俺、後悔はないぜ。お前はあのクソ女狐に嫌味の一つでもなかったのかよ。お前は散々、その骨の髄までしゃぶられて悔しくはなかったのか?」


 悔しさも麻痺するまでに下僕になったから感覚も鈍っていたし、彼女に歯向かう発想自体がなかった、とは口が裂けても言えなかった。



「俺がお前だったら最初から刺しているよ。それも、メッタ刺しにするくらいに。あんな女狐教授、あんな奴がいるから世の中が腐るんだろう」


 腐っていくんだ、僕がこの場で息をしても、とよく分からない小節を朗誦する。


「あいつ、お前以外の少年とも関係していた、と取り沙汰されていたんだよ。本当に汚いよな」


 出まかせで出たであろう、彼の不平不満は身に染みてしまう文言ばかりだった。


 僕も時折、天鼓を襲来させる鬼神に変貌してしまう、その刹那があると自覚しているから。



「特にお前は気に入られた挙句に、首も絞められたんだって? 何で、今更、あんな女狐を庇うんだよ、庇うのかって、お前の優しさが意味不明だわ」


 彼のへりくだったような愚痴も僕には駄目出しにも聞こえなかった。


「俺は耐えられなかったね。顎でこき使われ、酷使されるだけでも、腹持ちならなかったのに、貴重な青春をごく潰しにして男妾になれ、なんて命令されたら、俺には絶対無理、無理、無理」


 彼の無理、という連敗したようなリフレインに僕は臆病なまでに聞き入れた。



「ははは、俺が可笑しいか? お前はこんな地獄に堕ちた俺を同情するか?」


 彼の挑発するような悪口雑言も身につまされる。


「俺なら問答無用だぜ」

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