第142話 青い純潔
彼の枯れ尾花のような見栄っ張りも酷く悲しげに見えた。
彼はその後も、相手への死を呪い、生死を強要する、あの稚拙極まりのない、命令形を当てつけのように連呼した。
印刷物に記すのも憚る、『――ね!』でピリオドを打つ、あの命令形を彼は口癖のように何度も、机を叩きながら言った。
誰だって、人生において、一度くらいはあの死への命令形で罵り、少ない語彙力で震えながら、呪詛する相手から、まんまと操られているのに気付かない夜はある。
母さんも今も昔も、これからも、大声で泣きじゃくりながら、あの人格を著しく、誹謗した死の命令形を吐き出していた。
まるで、孤独の夕影をさらう、半月の屑を吐き出すように。
「そう言わざるを得ないくらい、死にたい気持ちがあるんだろう」
僕の慰めが仄かに暗い灰色の面談室で、野分の夜の高波の波状のように広がった。
彼は蚯蚓腫れのように、腫れた瞼を隠す素振りも見せず、その瞳の奥は、太陽光のハロー現象のように赤かった。
せいぜい、短い二十年ちょっとの人生の中で、今が最も後悔しているのだろう。
嫌でも伺えるような状況に、僕はひたすらに虚しさしか、覚えなかった。
「僕の仇を君は討ってくれた。僕が足りない勇気を補ってくれた」
これもまた、僕の偽りのない本心からの言葉だった。
「お前、知らないだろうけど、あの女狐、お前の裸やじゃれているところを隠し撮りしていたんだって。俺、何度もあの女狐から嬉々と自慢されながら、見せてもらったんだよ。動画だって、見た目、生真面目がり勉優等生キャラのお前が女狐とセックスしたときの見事な豹変ぶりを俺は知っているよ。これでも」
一触即発の挑発を彼は隠語を交えず、言いのけた。
隠し撮りならば、小さかった小学生の僕を慰み者にした、母さんが貢いだ、聖職者のあいつも同様の大罪を犯していた。
堂々と僕の上半身を撫で回しながら、スマートフォンで撮りためていたのだって、逆らいもせず、声変わりをする前の僕は少年らしい、青い純潔を殉じていた。
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