第143話 粉砕
「お前、あいつを散々嫌っておきながら、結構よろしくやっていたんだね。あんなに大きく腰を振って、あんな色っぽい眼で大口開けてキスして、厭らしい声を上げながら。動画を見ていた俺もつい、尿が漏れるくらい」
彼の言葉がどんどん汚れ、劣化していく。
そう、僕がヘンテコな勘違いをしているだけなのだろうか。
僕が彼女とどんな種類の珍奇な深淵に堕ちたのか、僕自身がいちばん知っている。
彼女との密会を心待ちにして、その一時的な快楽に操り人形のように溺れていたのも、事実として認めるから。
「もう、いいよ」
つい、口から出まかせた否定形を僕は頭ごなしに振り切った。
「僕らがやった過ちは法的には罰せられないけど、君がやった過ちは取り返しのつかない過ちだった。不幸中の幸いだったのは彼女の容体が回復して、命に別状はなかったことだ。……本当は、君は殺すつもりなんてなかったんだろう?」
僕が指摘した、本質に彼の眦が閃光のように決した。
「その本音が君を救ったんだよ。殺してしまったら、どんなに深い後悔をしても、失われた命は戻ってこない。急所も君はあえて、脇腹にずらしていた。心臓を一突きすれば、殺せただろうに君の良心はそれを許さなかった」
説教じゃないか。これじゃあ。
「説教するんじゃねえよ。こんな俺に」
彼は激昂もせず、自嘲するように言う。
「説教したって俺の罪は消えねえ。俺の人生、お先が真っ暗だ。両親にも多額の賠償金の請求があるってさ。あの女狐らしいな。ネット上では俺らのネット仲間が、あの女狐を暴くだろうが」
「北崎さんは週刊誌やネット上のバッシングに、君の予想を超えて遭っている。世間の人は北崎さんのほうを火達磨にして、君のほうにはむしろ同情的だった」
鬱然とした拘置所では情報を遮断しているはずだから、ようやく事実を知った、彼の両目がみるみるうちに安堵の色へと変わった。
「俺のほうが正しかったんだな! あはは! ざまあみろ。あの女狐、地に落ちたな」
あんなに崇拝していた教授への悪罵に僕は黙って見ていた。
「君は僕の身代わりだった。僕が下したかった、北崎さんへの憎しみを君が代わりに仇討ちしてくれたんだ。僕が君と会わなければ、こんな目に君は陥らなかった」
「違うな! つうか、お前のためにやっていない!」
彼は粉砕するように頑なに全否定した。
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