第144話 正義と雪辱
「まあ、これは言わないと示しがつかないな」
彼の魂が抜けたような抜け殻の顔面を見て、僕は度肝を抜かれた。
「お前くらいだよ。面会にわざわざ来たの。あんなに仲良かった大学の友達もみんな、蜘蛛の子散らすように逃げた。あとは俺の両親くらい。親戚中に謝罪しながら借金を工面している、と泣きつかれたよ。大学側からも訴訟委任状が緊急郵便で来たらしい」
「そうか。そうなのか……。ごめん、悠長な台詞を吐いて」
「俺はお前のためにやったんじゃないよ。お前にこんな愚痴を零しても、仕様もないないけど、俺の正義感のために制裁を下したんだ」
彼は机上に頭を付け、わあわあ、と喚き散らしながら、鈍い音を立てながら思い切り、拳で叩いた。
「あの女狐は他の男子学生にも手を出して、そのうちの一人は自殺未遂まで追い込んでいる。俺の先輩だよ。あとの何人かは病んでしまって、長期的に入院した奴もいた。こいつも俺の後輩だ。あいつは疫病神なんだよ。あんな奴、死人が出なかっただけでもありがたいと思え」
彼の切々とした雪辱を僕は聞き耳を立てた。
「お前はあいつの情人の中でも最悪なケースだった。あいつがぞっこんになって、傷つけた少年もお前以外はいない」
僕が率先して貧乏くじを引いていた。それも、史上最悪の大凶の外れくじを。
「俺が週刊誌に情報を匿名で提供した。その提供後に事件を決断した。お前が未成年だったと知ってから、俺は愕然としたよ」
彼が話すおぞましい内容も僕の意には適ったのか、職務質問する晩に降る大雨が津々浦々、心の各地で降る。
「高校生になるはずだった少年が、あんなおばさん教授に性的にこき使われて、本音と建て前、よろしくなんだ、とそれが世間、社会一般なんだ、と知った。俺がお前だったらとうに自殺する」
彼の針小棒大のごとく、尖り続ける罵声も僕にとっては、憐れむ材料を代用しただけだった。
「お前がたとえ、旧皇族の血を引く少年だったとしても、お前はあまりにも可哀想だった。俺は絶対に許せなかった。正義中毒だって言われても後悔はない」
正義中毒、というスパムのような、流行語が世間を流布したとき、僕もまた正義中毒をこっそりと愛用しているシーンがあるだろう、と思った。
彼の曇りなき正義感が彼自身の身を滅ぼしたとしても、僕には手出しも出来ないのだ。
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