第140話 暗雲、太郎月
僕は週刊誌編集部に報告もしていなかったし、あれから、彼女と関わりを持とうともしなかったから、余計な口出しはしていない。
厄介な告げ口なんて僕は意地でも、したくはなかったからだ。
彼女には身が滲むような怒りのせいで形式的には脅したけど、あれも決して本心じゃなかった。
冬の暮、僕は閉ざされた瀟洒な屋敷の一室でつまらない惰性を貪っていた。
少女、いや、澪さんはどうなったのだろう。
それが何よりも気がかりだった。
あんな事件に巻き込まれたら、さぞかし、不安定になり、暗雲のような不安感に襲われ、その脆弱な細身の身体も立てなくなっているかもしれない。
僕の命運はこの大学構内で発生した、事件で明るみになったのだ。
僕が彼女に搾取され、虐げられ、這うような悔恨を燻ぶらせた、と世間一般の人たちは知る羽目になるだろう。
ただ、それが一体、何を意味するのだろう。
成金青年の面会は年が明け、大寒の凍てつくような、蕗の薹が芽吹くであろう、太郎月の候だった。
新年が明けてばかりだというのに、目を覆いたくなるような、残忍な事件のニュースが立て続けに速報で侵入していく睦月、僕は堅苦しい手続きを執り行ってから、生まれて初めて拘置所という、物々しい異空間に面会人として歩んだ。
新米な風貌の警察官に案内され、僕は鉄格子という、市井の限界値を見下ろしたとき、あまりにも目も眩むような人を寄せ付けない、威圧感にたじろいでしまった。
未成年の僕ならば本来、入室禁止だとは思ったものの、僕は何としてでも、彼に言いたかったのだ。
肩が小刻みに震える僕に若手の警察官は事務的に面会室へ案内した。
その蒸せるような狭隘な無機質空間に入ると、先にあの成金青年、本名、小島教矢が俯き加減にパイプ椅子に深く座っていた。
彼の本名を知ったばかりの僕は狼狽えながらも、彼に向かって跪くように堺の格子戸を触った。
「何で、あんなことを」
最初の一声はその驚きだった。
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