第37話 月宿る舞
無断で上京してから数か月は経つけど、伯父さんたちは元気にしているのだろうか。
急に飛び出して、ホームシックになって馬鹿みたいだね、と僕は苦笑交じりに汗を拭う。
何の連絡がないところを見ると、僕はどこにも居場所がなかったように思える。
大都会の首都・東京でも僕の居場所はどこにもない、とその文言に等しい。
汚濁を祓い給わった、梅雨時の満月は清々しいほど青い月で、世にも珍しい雨夜の月だった。
露時雨にも近似している月光を浴びながら、僕は息を殺すように月下氷人へ舞を捧げる。
誰かに見られている、可能性さえも押し殺すように、僕は月宿る舞を舞い狂い、北斗七星へと祈りを込める。
清潔な汗が額に滴り、桂月を取り巻く小夜風が僕のアンニュイと握手する。
「やあ、元気だったかい」
一心不乱に神楽習いを重ねていた僕に声をかけたのは、あのときの成金趣味の青年だった。
彼女の差し金の青年は、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、僕を憐れむように一瞥した。
「女王様は大変ご満足なようだ。君と肌を深く重ねてから」
月界の下、彼がどんな意味合いで僕に本音をぶつけたのか、意に介さない。
「その動き、何だい? 君は舞踊家志望なのか」
東京では小劇場が多いから、夜中の公園で稽古を重ねる若者は一定数いるから、僕もその一味に間違われたのだろう。
「神楽舞だよ。ただそれだけ」
僕が青年に返答してから彼は不思議そうに口火を切った。
「鬼滅の刃のヒノカミ神楽みたいな? よく俺には分からんが」
僕はそうだよ、その神楽舞だ、と久方ぶりに口角を上げながら答えた。
「神楽舞って本当にあるんだ。へえ。初めて見たかも」
僕は話の途中であってもこの世の煩悩を打ち消すように、雑念を押し込めながら軽やかに舞う。
彼女との蜜月を味わった爾後には必ず、僕は感覚を鈍らさないよう、花の舞を舞うようにしている。
「結構、本格的なんだね。君の健康的な成果も俺が女王様にも報告しようじゃないか」
成金趣味の青年の彼女への心酔は些か、呆れてしまう。
あんな外面は教育者ぶっているのに裏面では、僕を買春している彼女に、事実を知りながら心酔するなんて、余程の変人なのだろう。
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