第36話 雨夜神楽


 神楽を舞わなくなったのが遠い出来事のように思えるのは何故だろう。


 たった数年前のお話でもないのに、銀鏡で舞を北辰へ捧げていたのが、数千年も前の神話のように思える。


 


 あの神楽舞の晩、僕は神に召される、一人の少年だった。


 


 栗花落の晴れ間、僕は神保町のとある公園で神楽をこっそりと舞った。


 最近では感覚が鈍り、銀鏡神楽の基本動作である、四つの型の『ずう』の所作もうっかり忘れてしまうことも多かった。


 神楽装束を身に纏わずに私服で舞う神楽は、夜露を含んだ小夜風を浴び、爽快感さえ生まれていた。


 


 週の半ば、週末とは違い、彼女は大学の講義やゼミの打ち合わせ、学会での発表に忙しいから僕にとっては束の間の休息である。


 


 公園では長雨のため、至る所に水たまりができていた。


 昨日もあんなに雨が降ったもの、そのうち、雨乞いの巫女も必要とされなくなるかもしれない。


 それくらい、鉄砲雨が絶え間なく、地上に無情なまでに降り注ぎ、気が滅入る日も多かった。


 


 神楽鈴はなかったけれども、誰もいない風待月の下で、舞う神楽は僕の蝕んだ心労を瞬く間に洗い出してくれた。


 


 宙を切り、颯爽と足腰を持ち上げ、独楽のようにくるくると回りながら舞うと、邪念を昇華できる。


 舞いながら、ふと、前を向くとこの公園からでも、皇居外苑の森はこんもりと見えた。


 千代田区にいるときはその中心部を囲むようにこの誰もが羨むオフィス街があるから、致し方ない。


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